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道しるべ  216 緊迫の空気


 大広間の扉の横を、槍を持った衛兵が固めていた。 それも二人ではなく、六人で。
 ものものしい雰囲気に、イアンは違和感を覚えた。 領主の伯爵は犯人に相当怒っているらしい。 この分だと、見せしめに八つ裂きにしかねないが、本当にできるのか?
 うすうす犯人の見当をつけていたイアンには、とても信じられなかった。
 衛兵たちは、血相を変えて駆け上がってきたイアンとトムを迎えると、すぐ目礼して場所を空け、扉を開いた。


 中は一種異様な雰囲気だった。 左の壁側にはサー・レオンとサー・ユーグを前に押し立ててフランス渡来の護衛兵たちが並び、右の窓の前にはクリント隊長とルイス副隊長を初めとした警備隊が分厚い列をなしていた。
 双方の兵士たちは以前からうちとけず、仲が悪いのは知っていた。 だがこんなに緊張した様子で睨みあっているのは初めてで、険悪な空気で室内はぴりぴり張り詰めていた。
 兵士の列の真中に、伯爵が立っていた。 いつものしゃれた服装ではなく、麻のシャツの上に地味な茶色のジャーキンと濃緑の半ズボンをまとっているだけだ。 長めの金髪も乱れていたが、かえって男らしく立派に見えた。
 後から入ってきたイアンに、伯爵は珍しく視線を向けた。 一秒ほど強い眼差しで見つめた後、彼は少し離れた後方に立っている下の息子ヴィクターに目を移した。
 ヴィクターは、疲れた顔で父を見返した。 瞼が赤くなり、一挙に十年も年を取った感じだった。
 伯爵は、噛みしめるような口調で息子に話しかけた。
「おまえも悲しんでいるのだな?」
「はい」
 ヴィクターは低い声を返した。 伯爵は顎を上げ、わずかに頷いた。
「彼女を妻にしたいと、何度も申し出ていたからな」


 やはり。
 イアンは驚かなかった。 ヴィクターがモードに近づきたがり、まるで婚約者のようにいろいろ干渉するのを見てきたからだ。 それが心からの愛か、兄のものは何でも欲しいという対抗心から出たものかは、はっきりしなかったが。
 だが今見ると、ヴィクターの眼は本当に腫れていた。 泣いた跡だろう。
 確か彼は、兄が同じような死を遂げたときも、沈痛な表情はしていたが涙は流さなかった。 そのことを考えると、モードに対する想いは真実だったようだ。
 彼を第一に疑っていたイアンの心は、いくらか揺らいだ。











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