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道しるべ  212 鮮明な記憶7


 そのとき、右手のほうから人の話し声が聞こえてきた。
 彼らはすぐ傍に来るまでまったく音を立てなかったため、気付いたときには逃げ場を失っていた。 モードは慌てて裏庭を見渡し、臨時に隠れられる場所を探した。
 声はどんどん近づいてくる。 もう庭を横切る時間はなかった。 手近にあるのは細い木ばかりで、何の役にも立たない。 モードは切羽詰って、困りきった目でトムを見上げた。
 トムは唇を噛みしめると、モードの手を取って部屋に引き込み、ベッドに入れて自分もろとも布団をかぶった。


 ほぼ同時に扉が開いて、ブラザー・ゴドウィンと修練長のブラザー・ウィリアムが連れ立って入ってきた。
 トムは片腕でモードを自分の体に埋まるほど押し付けたまま、もう片方で上掛けをわずかにまくり、辛そうな顔を出した。
「あっ、修練長様、申し訳ありません。 さっきまで気分がよくて、つい読書をしてしまい、急に目まいが襲ってきて立てなくなりました」
 ブラザー・ウィリアムは重々しくうなずき、くしゃくしゃの髪をした見習僧に近寄った。
「熱が下がったそうだな。 どれ」
 トムの額に手を置いた後、彼は満足げに微笑んだ。
「よかったな、悪い病でなくて。 誰にもうつらずに済んだし、おまえも生き延びた」
「神のご加護です」
 アーメン、と、三人の男は声を合わせて唱えた。


 咳は止まったか、体の痛みはないか、など、細かく具合を尋ねた後、無理せずに明日までゆっくり寝ているように、と言い残し、ようやくブラザー・ウィリアムはゴドウィンを促して出ていった。
 僧たちのかすかな足音が遠ざかっていっても、たっぷり一分以上、ベッドの二人は身動き一つしなかった。
 もう戻ってこないとわかってから、トムの胸が大きく膨らみ、深く息を吐いた。
「今度は駄目かと思いました」
 モードは答えなかった。 トムの分厚い胸に包まれて、何も考えられず、もうろうとしていた。
 反応がないことに、トムは不安を覚えた。 もしかして、つぶしてしまったんじゃないだろうか。
 焦って上掛けをめくったとたん、上気したモードの顔が、すぐ前に見えた。 そして、トムがハッとした瞬間、火のような唇が重なった。












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