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道しるべ  210 鮮明な記憶5


 暗くなり、もう農作業ができなくなってから、老いた僧侶がタオルと水差しを持って、背中を丸めて入ってきた。
 折悪しく、モードは椅子に寄りかかったまま寝入ってしまっていた。 トムの呼吸が楽になったのを見届けて、気が緩んだのだ。
 扉を閉めて振り向いたとたん、金髪の美少女がだらっと椅子からすべり落ちそうになって熟睡している姿を発見して、老僧侶は棒立ちになり、ぽかんと開いた口が閉まらなくなった。


 二日ぶりの深い眠りから、トムがそのとき目覚めたのが幸いだった。 足音を忍ばせて部屋を逃げ出し、僧院長に告げ口しようとしていたブラザー・ゴドウィンを、ぎりぎりで呼び止めることができたからだ。
 レディ・モードは親切に介抱してくれただけだと、トムは必死に訴えた。 いかがわしいことは何ひとつしていないと誓い、熱が下がったのは聖女のような彼女の行ないが起こした奇跡だと説得した。
 ブラザー・ゴドウィンが本当に信じたかどうかは定かでない。 でも彼はトムをかわいがっており、トムが助けを求めたのではなく、モードのほうがトムを追いかけているのだと感じ取った様子で、彼女がただちに立ち去れば何も見なかったことにすると、しぶしぶ約束してくれた。


 危ないところだった。
 だからといって、モードが来るのを諦めたと思ったら早計だ。 トムが本当に直ってきたのか確かめるまでは、僧院に入り込むのを止めるモードではなかった。
 翌日一日だけは、自分の城でおとなしくしていたものの、次の日の午後にはもう馬を引き出し、口の固いお供を一人だけ引き連れて森の道を走った。
 困ったことながら、モードは建物に忍び込むのが得意だった。 こそ泥をして食いつないでいた時代があったからだ。
 まだ僧院中が忙しく、人の気配が少ないのを見すましてから、モードは猫のように音もなくトムのいる僧房に走り寄り、窓を覗いた。
 嬉しいことに、トムはまだそこにいた。 おまけに、二日前とは見違えるように元気で、ベッドの上に半身を起こし、眉を寄せて本を読んでいた。
 モードは喜びに溢れた。 彼女が面倒を見たとたんにトムは快方に向かい、もう勉強できるほど気力を取り戻している。 彼の役に立てたことが、わくわくするほど嬉しくて、モードは満面の笑顔になった。
 窓の外で何かが動くのを感じ取ったのだろう。 トムが顔を上げて、こっちを見た。
 すかさずモードは笑顔のまま、指先で彼にキスを投げ、うなずいてみせてから窓辺を離れようとした。 これ以上いては、また見つかってしまう。 今度は見逃してもらえないはずだ。
 しかし、モードが踊るような足取りで裏庭を去ろうとすると、音を立てて背後のドアが開き、トムの声がした。
「待ってください!」












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