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道しるべ  208 恋の道すじ


「好きじゃなかった?」
 耳を疑うように、イアンは訊き返した。
 トムは膝をかかえて座りこんだまま、ぼんやりした眼で彼方を見やった。
「綺麗なものを観察するのは楽しい。 花や景色、見事な本の挿絵、鳥や子羊、みな見ていてほのぼのする。
 だからって、恋はしない。 おれがレディ・モードに惹かれていったのは、彼女が何度も尋ねてきて、人柄がわかったからだ。 世間知らずでお世辞のひとつも言えないおれと話すと、気持ちが落ち着くと、よく口にしていた」
 それはおまえに近づく口実だろう、と言いたい気持ちを押さえて、イアンは続きを待った。
「彼女は孤独だった。 おれも親から離されて、大人の中で育ったから、レディ・モードの寂しさがわかった。 彼女には心を開いてしゃべれる友人がいなかったんだ」
 ああ、それはそうかもしれない──イアンは納得した。
 土地っ子ではなく、不意に出世して現われた美人のモードは、周りの女の子たちにけむたがられていた。 彼女は今でも友達が少ない。 本当に仲良くしているのは彼の妻のジョニーぐらいだ。
 一言一言を噛みしめるように、トムはゆっくりと話した。 ようやく打ち明けられるので、心の奥底でほっとしているように思えた。
「そのうち、彼女はおれに触りたがるようになった。 寄りかかったり、肩に触れたり、膝の上に座ってくるまでになった。
 誘惑されてるのはわかったさ。 ほんの遊び心だろうと思った。 しつっこくはなかったし、遠ざけようとすると落ち込んで、泣きそうになるんで、つれなくできなくて、手をつないだり、挨拶がわりに抱き合ったりした。
 そんな彼女が可愛かった。 正直に言うと、訪ねてきてくれるのが楽しみだった」


 イアンは固く眼をつぶった。
 トムと自分の性格が違うのはわかっていたが、こんなに開きがあるとは、改めて驚いた。
「誘われて燃えあがることはなかったのか? 目まいがするほど熱くなって、気がつくと抱きすくめて放せなくなったことは?」
 トムの視線が、一瞬イアンのとまどった眼を射た。
「それは、後になってからだ」
 痛ましい声が呟いた。
「おれが熱病にかかり、しばらく寝付いたときだった」











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