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道しるべ
203 未来が不安
そんなはずはない!
目の前のモードを見つめながら、イアンは大声を上げそうになっていた。
彼女のためにトムが僧院を去ったなら、愛していたからにちがいない。 トムがどんなに我慢強く義務を果たすか、イアンは誰よりも知っていた。 弓兵という柄に合わない仕事でも、彼は黙々と誠実にやっている。 僧侶の修業が辛くて逃げたとは思えない、と、前からイアンは密かに思っていた。
だが、モードはまったく別の受け取り方をしていた。
「彼は私が嫌だったのよ。 しつっこく訪ねて行ったから。 追われると男の人は逃げるのね。 この土地に来て、あなたやトムに会うまで、そんなの全然知らなかった。 だって、男を追いかけたことなんか一度もなかったもの」
良心のうずきを感じて、イアンは思わずモードの手を取った。 自分から彼女に触れたのは、それが初めてのことだった。
「わたしは例外です。 ひねくれた人間なんですよ。 素朴な村娘と年上の貴婦人しか知らなくて、年頃のお嬢様には絶対に近づかないようにしていました。 いろいろと誤解を招きたくなくて」
「確かにあなたはそうだった。 でも、それだけじゃなかったわ」
モードは、温かい彼の手をぎゅっと握り返してから、ゆっくり放した。
「あなたは私を嫌ってた。 トムもそう。 嫌い方は違ってたけど」
イアンは混乱した。 こんな頼りない気持ちになったのは、これまで一度しかない。 フランスの港で、ジョニーが霧のように姿をかき消したときだけだ。
──おれには女はまったくわかっていないのかもしれない──
イアンはすっかり自信を無くしていた。
膝の上で拳を握って、モードはイアンを呼んだわけを話し出した。
「私はもう彼に近づけない。 今朝は勇気をふりしぼって、久しぶりに話しかけたの。 でもやっぱり相手にされなかった。 これじゃ、二度と目を合わせることもできないわ。
ただ、あなたの言うことなら聞いてくれるかもしれないと思ったの。 トムはセント・ジェームズ始まって以来の秀才だったそうよ。 ラテン語と化学とヤ……薬学っての? それがすごく得意で。 だから神父にならなくても立派な学者になれるんですって。
私、心配なの。 王様は優秀な弓兵を連れて行って、高給で自分のお抱えにするんでしょう? トムは有名になってしまったから、きっとお呼びがかかる。 また戦争に引っ張り出される前に、はやく別の仕事についてほしいの。 さもなきゃ、有力な実家に守ってもらうか」
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