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道しるべ  201 迎えが来て


「それで、トムは自分の生まれのことを……?」
「知ってるわ、今は」
 モードは歩き回るのを止め、イアンの隣に戻ってきて、ドサッと椅子に座った。
「僧院を出ると言い出したときに、私が話したの」
「彼の反応は?」
「自分は誰かの捧げ物ではないと」
 イアンはモードの強ばった横顔を凝視した。
「つまり、トムは神に捧げられた子供だったのですか?」
「ええ」
 モードは言いにくそうにうつむいた。
「彼は生まれたときに臍帯〔さいたい〕が首に巻きついていて、息をしていなかったの。
 お母さんは天に祈って、命を救ってくれたら神の僕として差し上げますと誓ったんですって」


 イアンは小さく頷いた。
 きっとトムを産んだ貴婦人は、信仰心の篤い敬虔〔けいけん〕な人だったのだろう。 そして自分の誓いに忠実だった。 一途で揺るがないところは、トム自身に似ている。
「その話も、セント・ジェームズの修道僧に聞いたのですか?」
 イアンがそっと尋ねると、モードは首を振った。
「いいえ、私が人を使って調べたの」
「じゃ、貴方はトムの実家を知っているんですね」
「ええ、知ってるわ」
 膝に置いた手を絡〔から〕み合わせるようにして、モードはそっけなく答えた。
「トムにも教えた。 亡くなった彼のお母さんはともかく、他の実家の人たちは、彼を僧にするのに乗り気じゃなかった。 立派に大きくなったことを聞いて喜んでいて、戻ってきたら領主の弟として大事にすると言っているわ」
「戻ってきたら、ですか」
 自分の体験上、イアンは額面通りに受け取れなかった。
「本気でしょうか。 喜んでいるなら、とっくに迎えに来ているはずです。 居場所がわかっているんですから」
「本気よ」
 体ごとイアンのほうに向いて、モードは力説した。
「お兄さんが自分で駆けつけてきたもの。 目の辺りがトムそっくりだったわ。
 でも、トムは応じなかった。 自分の腕と足で生きていくと答えたって。
 まるで世捨て人のようだったと、後でお兄さんが言っていたわ」
 声がまた湿った。 イアンが見ると、モードの細い指が素早く目尻を拭っているところだった。












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