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表紙

道しるべ  200 トムの背景


「トムとは、セント・ジェームズ修道院で偶然知り合ったの」
 スカートのひだを整えながら、モードは呟くように説明を始めた。
「喉の渇いた私に、井戸水を飲ませてくれたのよ。 なんていうか、圧倒的だった。 すごく大きくて、やたら優しくて。
 三日と空けずに、また会いに行ったわ。 親切のお礼を言いに行ったんだけど、帰り際に他のお坊さんに見つかって、注意されたの」
「女子が気安く男子僧院に来てはいけないと?」
「ええ。 でも、それだけじゃなかった」
 座っているのに飽きたのか、モードはすっと立ち上がり、イアンに背を向けて祭壇に近づいた。
「トムは特別な存在だと、その人に言われた。 彼はある高貴な家の生まれで、赤ん坊のときに巨額な寄付つきで、セント・ジェームズに送られてきたんですって。
 実家の頼みで本人には知らせていないけれど、家柄といい素質といい素晴らしいので、将来は大僧正になるのが決まったようなもの。 彼の出世を邪魔しないで、そっとしておいてくれと頼まれたわ」


 イアンは大きな驚きと共に、嫌な予感が背筋を這い上がるのを感じた。
「待ってください。 もしかして……」
「もしかしなくても、そうよ!」
 唐突に振り返ると、モードは高いかすれた声で叫んだ。
「それでも私は、こっそり彼に会いに行った。 我慢できなかった。 傍にいるだけで楽しかったんだもの。 話していても、黙っているだけでも」
 イアンは言葉を失った。 物心つく前から僧院で育ち、俗世間をまるで知らない純粋な少年が、圧倒的な魅力を持つ美少女に特別扱いされたのだ。 頭からのめりこみ、何も見えなくなってしまったにちがいない。
 モードは手を揉み絞り、八の字を描いて礼拝堂の中を小刻みに歩き回った。
「トムの修業を邪魔する気なんかなかった。 話友達で、悩みの打ち明け役で、影の恋人。 できればそうなりたかった」
「レディ・モード!」
 思わずイアンは声を荒げていた。
「トムの望みはどうなります! 彼が影の恋人などという地位に甘んじるはずは……」
「彼がじゃないわ。 私がよ!」
 モードも負けずに叫び返した。
「大物には愛人がつきものじゃないの! まして大僧正なんてのになったら、誰とも結婚できないのよ。 だから私はそこらへんのへっぽこ貴族と適当に式を挙げて、ずっとトムの後押しをするつもりだった」
 そのへっぽこが、男しか愛せない異母弟のゴードンだったというのか。
 イアンはあまりにも予想外なモードの考え方に、頭を抱え込みたくなった。











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