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道しるべ
199 鮮明な記憶3
警戒を解かずに相手を見張ったまま、モードはカップを受け取って口に運んだ。
せっせと歩いてうっすら汗をかいたため、体が熱くなっていた。 乾いた喉に、冷たい井戸水は心地よかった。
すっかり飲み干してカップを降ろすと、モードは黙って待っていた若者に空いた容器を返して、小声で言った。
「ありがとう」
すると、彼は微笑んだ。
その瞬間、モードは恋に落ちた。
すぐには気付かなかったが、後で考えるとそうだったのだ。
急に若者の顔が光を帯びて見え、眩しさを増した。 まともに目を合わせていられなくなって、モードはまばたきした後、意味もなく汗ばんだ手をスカートにこすりつけた。
若者は、大きな体で彼女の行く手を遮っていることに気付き、急いで道を空けながら周囲を見た。
「馬に乗って来られたんですか? それとも馬車で?」
「馬だけど、落とされたの」
「えっ?」
たちまち彼は心配そうな表情になって、遠慮がちにモードの全身を見回した。
「どこか痛めませんでした? 元気そうですけど、頭を打つと後で大ごとになる場合もありますから」
「だいじょうぶよ」
モードは努力して笑みを作った。
「打って痛かったのはお尻だけだから」
その言葉を口にしたとたん、モードは失言に気付いた。 いやしくも上流のレディは、露骨に尻などと言うはずがないのだ。
案の定、僧院で清らかに暮らす青年僧は、みるみる顔を赤らめた。 品のない文句を使い慣れているモードも、別の決まり悪さでやはり赤くなった。
だが、顔を上気させながらも、彼は笑い出した。 ゆったりとした気持ちのいい声で。
「よかったです! お怪我がなくて。 それが何より大事なことです」
モードに訊いて、馬が逃げてしまったと知ると、彼はいったん建物に入って、正規の僧侶を一人連れてきた。 ブラザー・トビアスというその中年僧が、耕作用の馬に乗せてモードをグランフォートの城まで送り届けた。
外堀の前で馬から下り、番兵が慌てて迎えに来るのを眺めながら、モードはブラザー・トビアスに尋ねた。
「最初に会った若い見習僧さんは、何という人ですか?」
ブラザー・トビアスはいかめしい顔のまま、しぶしぶといった口調で答えた。
「トムといいます。 トム・デイキン」
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