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道しるべ  198 鮮明な記憶2


 灰色の塀に頑丈な門がついている建物は、僧院だと思われた。 モードは塀を横に伝って裏門に行き、鍵がかかっていないのを発見して、そっと忍び込んだ。


 思ったとおり、裏の中庭に井戸があった。
 普通の貴婦人なら、手を叩くか声を上げて人を呼び、水を所望しただろう。 だがモードはそんな手間はかけなかったし、思いつきもしなかった。
 周りを見回して、人影のないことを確かめてから、モードはさっさと井戸に寄って、綱を引き上げはじめた。
 もう少しで水桶が上がる、というとき、背後で声がした。
「あっ」
 その声にびっくりして、モードの手から綱がすり抜けた。 カラカラと音を立てて、桶が丸い井戸の中に落ちていった。


 振り返ろうともせず、モードは乗馬服のスカートをたくし上げて逃げようとした。 長い間の習慣はなかなか抜けきれない。
 すると、背後から追ってくる足音がした。 勝手に庭へ入った上に、無断で井戸を使おうとしたから、首根っこを持ち上げられて連行されるんだ、と思い込み、モードはおびえてしまった。
 それで走るスピードを上げ、全速力になった。 とてもすばしっこいので、これまで本気を出して走れば掴まったことはなかったのだ。
 ところが、あと一歩で裏門にたどり着くその瞬間、肩をがっしり掴まれた。 モードは思わず悲鳴を上げた。


 とたんに手が離れた。 声変わりして間もない若者の、わずかにかすれた声が、懸命に呼びかけてきた。
「怖がらないで。 ぼくは見習い僧です。 あの桶はとても重い。 ぼくが汲んで水を差し上げますから、あそこに座って待っていてください」


 そうだ、私はもう宿なしじゃない。 れっきとした領主の娘なんだ。
 ようやく気付いたモードは大きく息を吸い、ありもしない威厳をかき集めて、ゆっくり振り向いた。
 すると、自分の二倍もありそうな大きな男がすぐ後ろに立っていた。
「うわ」
 情けないことに、圧倒された。 もう慣れたと思っていた乗馬で失敗して置き去りにされ、自信を無くしていたのかもしれない。 モードは後ずさりして、大男から遠ざかろうとした。
 相手は、今度は追ってこなかった。 その代わり、急いで井戸に戻っていって水を汲み上げ、素焼きのカップに入れて戻ってきた。
 












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