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道しるべ  195 腹を割って


「そんなに多くは」
 イアンは淡々と聞こえればいいがと思いながら応じた。
 だが、そんな大ざっぱな返事では、モードを納得させられなかった。 彼女は体を回して横のイアンと膝を突き合わせ、真剣な顔でまた尋ねた。
「もっとはっきり言って。 言わないなら、こっちから聞くわよ。 あなたはトムと私のことを、どれだけ知ってるの?」


 トムと私……。
 その言い方はどう聞いても、二人の仲がただならぬものなのを示していた。
 イアンは戸惑いを隠せずに彼女を見返すと、本当のことを答えた。
「今朝までは何も。 貴方がトムと顔見知りだとも知りませんでした」
「まあ、そうなの……」
 息がかかるほど近づいていたモードの顔が、すっと遠のいた。 おののくような吐息が聞こえた。
「彼は本当に口が固いのね。 大親友のあなたにさえ話さなかったんだ」
 話すべきだ──イアンの心中に、理不尽な憤りが忍び寄った。 しかし、自分もジョニーに対する気持ちを打ち明けていなかったことを思い出し、怒りは急速に縮んでいった。


 モードは肘を曲げて手に顎を置き、束の間考えにふけりながら、スカートの裾から爪先を出して揺すった。
 そうして決断をつけて、不意に話し出した。
「ねえイアン、あなたが私の初恋の人だったの、知ってた?」
「冗談はやめてください」
 イアンは反射的に答えた。 話の焦点が急に自分へ移ったことに、愕然としていた。
 ばかばかしい。 ボロ着に裸足で走り回っていた小さな密猟者を、毛皮つきのマントにくるまれた派手なお姫様が、本気で意識するものか!
 すると、足をゆっくりと揺すったまま、モードは小さな笑いを浮かべた。 苦さの混じった、どこか寂しげな微笑だった。
「やっぱりそうだったのね。 私がお遊びで、あなたを誘ってると思ってたんだ。 私のほうは、あなたと話したり、できたら一緒に歩いたりしてみたいと願ってたのにね」
「それこそ冗談です」
 イアンはかたくなに言い張った。
「わたしは、わたしと母は食べるものにも困っていた。 誰かとのんびり歩く時間も余裕もなかったんです」
「ええ、そうね」
 モードは素直に認めた。
「あなたは苦労してたわ。 だから手助けしたかった。 でもそれじゃ、あなたの誇りが許さないでしょう? だから私なりに考えて、道案内を頼んだのよ」











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