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道しるべ  191 この二人が


 その会話は、馬屋の中から聞こえてきた。
 きらびやかな女の声と、低く静かな男の声。 どちらもイアンにはすぐわかる、ごく身近な人間の声質だった。
「彼らはあなたを探してる」
 そう言うモードの声を聞き分けたとき、イアンはそっと向きを変えて、もと来た道を戻ろうとした。 あえて盗み聞きする趣味はない。 モードとトムが面と向かって語り合っているという、かつてない事態が起きているにしても。
 だが、モードの次の一言で、足が止まった。
「イアンには黙って、早く行くべきよ。 彼に迷惑をかけないうちに」
 沈黙が落ちた。 馬の鼻息が響き、蹄で地面を掻く音が伝わってきた後、ようやくトムが口を開いた。
「イアンは俺を庇ってくれただけです」
「わかってるわよ、そんなこと!」
 いらいらした調子で、モードは切り返した。
「あなたが大人げないことするからじゃない! 私があんなに口をすっぱくして言ったのに、聞こうともしないで」


 イアンは愕然とした。
 モードがトムを説得したって?
 話が逆ならまだわかる。 モードは昔から、手負いの猪のように突っ走る娘で、周りの思惑など気にしていなかった。
 おまけに、これまでトムには何の関心も示さなかった。 ただの兵士として、道端の塵〔ちり〕なみに無視していたように見えた。


 馬屋では、モードが更に言いつのっていた。
「イアンは自分の力でのし上がって行くわ。 福の神の奥方を手に入れ、国王に気に入られた。 彼はもうじき男爵になるのよ。 本物の貴族にね」
「当然のことです。 男爵では惜しいぐらいだ」
 トムの声は疲れていた。 一晩中どこへ行っていたのだろう。 早く部屋へ戻って眠りたいはずなのに、ドラゴンに掴まって、謎の理由で早く出ていけと責め立てられている、と、イアンはちりちりした気持ちで案じた。
「あなただって向こうに行けば大事にしてもらえる。 わかっていて行かないなんて、馬鹿の一言だわ」
「そうですよ。 俺は馬鹿だ。 今ごろわかったんですか」
 それがトムの答えだった。 どうしても言うことをきかないトムに、モードは堪忍袋の緒が切れたらしい。 久しぶりに少女時代のような金切り声を上げた。
「何よこのウドの大木! へなちょこ雄牛! そんなに私が憎いの?」











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