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道しるべ  190 晩餐を終え


 真夜中になる前に、小宴会は楽しく終わりを告げた。
 その後、イアンは騎士見習いの一人のヘンリーを連れて、屋敷の庭をぐるりと見て回り、特に正門と裏門の戸締りを点検した。
 ここへ連れてくる途中、モードに言われた謎めいた言葉が頭に引っかかっていた。 彼女がお家騒動に巻きこまれているなら、警備のしっかりした館を出て、この小さな荘園に来れば狙われやすい。
 それとは別に、ヨークシャーの大輪の薔薇とたたえられているモードを自分のものにしたいと願う郷士や貴族が山のようにいるのは周知の事実だ。 力ずくでも彼女を妻にしようとする男たちに、うっかりさらわれないための用心が必要だった。


 まだ黒雲が空を覆っていて月は見えなかったものの、すでに雨は止み、風もだいぶやわらいでいた。
 松明をかかげて見回りを終え、戻る道筋で、ヘンリーが尋ねた。
「裏の門を閉め切っても大丈夫でしょうか? トムさんが入れなくなるのでは?」
「いや、トムは鍵を持っているから心配ない」
 イアンが答えると、ヘンリーは大きな眼を更に広げて驚いた。
「門の鍵を? お友達というより、家族ですね」
「そうだ。 あいつは兄弟以上の大切な仲間なんだ」
 きっぱりと言い切りながら、イアンは胸がかすかな不安でうずくのを感じた。 トムが無断で外出したことは、これまで一遍もなかったからだ。
 彼はジョニーが屋敷に来てからも穏やかな態度を変えず、のんびりと楽しげに過ごしているが、内心は孤独感を増しているのかもしれない。 もしかして、自分も好きな相手を作って、こっそり逢引にでかけたのかも。
「そうなら喜んで祝福するが」
 イアンは無意識に声を出して独り言を言ってしまい、ヘンリーにますますけげんな顔をされた。




 翌朝は、屋敷の一同みな寝坊した。
 イアンも例外ではなく、弱い光の中で目覚めたときには、すでに三時課(午前九時)の鐘が鳴り終わった後だった。
 腕枕をしていたジョニーの頭を、起こさないようにそっとベッドに降ろした後、イアンは素早くシャツとタイツを身に付け、長上着を引っかけながらドアを出た。 荘園の見回りを兼ねて馬で回り、その道中でゆっくり今後のことを考えようと思った。


 だが、馬屋に近づいたとき、足が止まった。
 思わぬ会話が耳に入ってきたのだ。











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