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道しるべ  188 悔いと慰め


 それから体を軽く前のめりにすると、モードは囁きに近い小声になった。
「話は変わるけど、実はね、ゴーディーは、フランス遠征中に毒を盛られたの」
 イアンは、杯から目を上げて、モードの真剣な顔を眺めた。 そして、同じような低い声で答えた。
「そうじゃないかと疑っていた」
 モードの肩から力みが抜けた。
「よかった! 証拠はないから、そんなバカなことと笑われるかと思った」
「本当は、ゴードン本人から聞いたんだ。 君の護衛を頼まれたとき」
 驚きで、モードの眼がふくろうのように見開かれた。
「え? そんな内輪のことを、ゴーディーがあなたに話したの?」
 続けてモードは首を振り、感心した表情になった。
「ゴーディーは案外、いい領主になったかもしれないわね。 人を見る目があったんだから」
「彼は、毒を盛った犯人に心当たりがあったのか?」
 イアンに訊かれて、モードの口が悔しそうに下がった。
「ええ。 フランスへ一緒に行かなかった人よ。 疑われないように自分のいない場所で、部下に命じてやらせたんでしょう」


 やはりヴィクターか。
 予想はしていたものの、イアンはやりきれない気持ちになった。 実の弟が、兄の死を願うとは……。
 そういえば、ゴードンは寝室で、小姓の盗み聞きをひどく警戒していた。 ヴィクターの仕業だとうすうす気づいていて、それでも信じ切れなかったのだろう。
「ゴードンの転落も、事故ではなかったと?」
「ええ」
 モードは危険なほどはっきりと言い切った。
「心配で、傍仕えをいつもつけていたんだけど、あの夜は全員が酔わされてしまって」
「どんなに護衛しても、四六時中守るのは無理だ。 奴の嫉妬と野心が強すぎて、神の道に背いてしまったんだ」
 顔を曇らせたジョニーが、そっと言葉を挟んだ。
「防げなかったことで自分を責めないで。 あなたは立派な妻だったわ。
 前にカー伯爵と庭園で散歩していたとき、お話しになったことがあるの。 あなたの明るさと思いやりのおかげで、息子はずいぶん自信を持ち、努力するようになったと。 あなたに感謝なさっていたわ」
 ジョニーの優しい言葉で、モードに笑顔が戻った。 しかしイアンのほうは、内心腹を立てていた。
 伯爵はゴードンを大事に思い、彼の妻が気に入っていたかもしれないが、結局は弟のヴィクターに殺す隙を与えてしまった。 伯爵が父としてもっと目を配っていれば、ヴィクターの暗い下心に気づいたはずだ。 彼さえしっかりしていたら、こんな惨劇は防げたかもしれないのに。












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