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道しるべ  186 慰めは酒で


 モードのその口調に、苦々しさはまったくなかった。 彼女に続いて玄関に入ったイアンは、例の調子でぶしつけにジョニーを観察しながらも、視線と態度に素直な驚きを見せているだけのモードに、新鮮な親しみを感じた。
 ジョニーの幸福を、モードは妬まない。
 夫の死で悲しんでいるにもかかわらず、彼女はむしろ、心に余裕のある友に迎えられてホッとしているようだった。


 居心地のいい客間に落ち着き、炉壁が赤くなるほど大きく焚いた暖炉の前に座って、モードは我が家のようにくつろいだ。
「もう一杯よそって。 これフランスのブランディでしょ? おいしいわ。 館のよりずっと」
 下働きから部屋係に昇格したジェニーが、いそいそと新しい酒壷を運んできた。 それをイアンが受け取り、陽気な酔っ払いになりそうなモードの杯にそそいでやった。
「ありがとう。 館の部屋でシケてるときも飲みたかったんだけど、一人で酔うとますます落ち込みそうで止めておいたの」
 ジェニーが部屋を出たのを見澄まして、ジョニーがモードのほうに膝を進めた。
「ゴードン卿はお気の毒だったわ。 あなたがそんなに辛い思いをしているのには、何かあるのね。 彼の事故というだけではなく」
 モードの口元がかすかに引きつれた。 ジョニーはすぐ言葉を継いだ。
「ここで話しても大丈夫よ。 イアンの口が固いのはよく知っていると思うし、私も……」
「わかってるわ」
 モードは素早く答え、侍女のメアリを振り向いて早口で命じた。
「調理場で温かい物でも食べてらっしゃい」
「はい」
 メアリが素直に立ち上がると、モードはジョニーの背後にひっそりと座って縫い物をしているユージェニーに目をくれた。
「あんたも行って。 友達なんでしょう? 二人で話でもして」


 むかっとした様子で、ユージェニーは胸を反らして息を吸い込んだ。 女主人でない人間に命令されるのは我慢できないらしい。
 それでも、ジョニーが振り返って母国語で穏やかに言うと、しぶしぶ椅子から立ち上がった。
「楽しんでいらっしゃい。 確かあなたの好きなラズベリージャムのタルトがあったはずよ。 二人で食べてしまっていいから」
「ありがとうございます」
 低い声を残して、ユージェニーは戸口で待っていたメアリと連れ立って、客間を後にした。


 モードは眉を吊り上げてジョニーに笑いかけた。
「小間使いにずいぶん優しいのね」
 ジョニーは一瞬口をつぐみ、それから思い切って打ち明けた。
「彼女はただの使用人じゃないの。 前の夫がランブイエ伯爵夫人に産ませた娘なのよ」












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