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道しるべ  184 恒例の口論


「あら」
 モードは半端な笑いを浮かべ、首を横に振った。
「王様も余計なことをするわね」
「余計なこと?」
 意外な答えに、イアンは眉を吊り上げた。
「わたしが貴族の仲間入りするのが、お気に召さないんですか?」
 モードは噴き出した。
「とんでもない! あなたはもともと伯爵になるべき人じゃないの」


 イアンはまっすぐ正面に向き直ると、手綱を見事にあやつり、馬の負担を最小限にして急停止させた。
 不意にイアンが隣りから消えたため、モードも急いで馬を止め、振り返った。
「怒った? なぜ? ほんとのことを言っただけなのに」
 体を軽く横に倒し、輝く金髪を強風に吹き流しているモードの姿は、どこか魔女めいて美しかった。
 十五ヤードほど離れたその姿に、イアンはそっけない声で叫び返した。
「正しければ何を言ってもいいってものじゃない! 口を慎んでください!」
「隠し事はもううんざりなのよ!」
 モードは怒りの表情になって、馬上で片手を振り上げた。
「ワイツヴィルは明るくて美しい館だけど、中は秘密だらけ。 嘘だらけなの!」
「権力者の館なんて、たいていそうでしょう」
 イアンの皮肉な口調に、モードは顎をつんと上げると、馬を駆って戻ってきた。
「あなたにはわかってないのよ、肝心なところがね。 私の口が軽いと思ってるようだけど、とんでもないわ」
 侍女を置き去りにしてイアンの横に馬を並べてから、モードは小声の早口で言った。
「今考えついたんだけど、王様が正しいかもしれない。 あなたはここを離れたほうがいいわ。 跡継ぎの身分にこだわらないなら、なおさらよ」
 イアンは鋭くモードを見つめた。 昔はともかく、ワイツヴィル一族に入った後のモードは、伯爵家の裏事情に詳しくなったようだ。
 ふとイアンは、衝動に駆られた。 伯爵はどうでもいいが、母と妹が日頃どのように暮らしているのか、二人の身に危険がないか、訊いてみたい。
 口を開けようとしたとき、侍女のメアリがおずおずと馬を回して近づいてきた。
 とたんにモードは足で馬の腹を叩き、一挙に飛び出した。 陽気な声を張り上げながら。
「ほら、雨が降ってきたわよ! 出遅れてずぶ濡れになる間抜けは誰だ〜」













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