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道しるべ
183 貴族になる
イアンは鋭い眼を、目前に立つ父にそそいだ。
いつもの通り、カー伯爵は表情のない眼差しを息子に向けたまま、淡々と続けた。
「国王はその豊かな城を、フランスとの巻き返し戦争の拠点にしたいと思われている。
だからそなたが望むなら、位と領地を与えるおつもりだ。 ここから三マイルほど離れたアレスベリーが、跡継ぎの不始末で廃嫡〔はいちゃく〕になったのを知っているだろう? ここの十分の一にも満たない小さな領地だが、男爵の位つきだ。 これからすぐロンドンに行くのも悪くないと思うが?」
男爵か……。
貴族の中では最下位の称号だが、世襲だ。 もし息子が生まれたら、後を継がせることができる。 それに、狭いといっても今の荘園よりずっと大きな土地が手に入る。 自分の領地として!
ジョニーがきっと喜ぶだろう、と思ったとたん、イアンの表情が柔らかくなった。
「ありがとうございます。 収穫がほぼ終わったので、すぐ支度をして出発したいと思います」
伯爵はうなずき、片手を振って下がるよう促した。
「これで話は終わりだ」
祝福の言葉はなかった。 イアンも期待してはいなかった。
控えの間を出たイアンは、モードの事を忘れて危うく階段を駆け下りるところだった。
幸い、一段目に足を掛けたところで招待を思い出し、廊下を回って迎えに行った。 モードは地味な灰色の乗馬服に黒の帽子を被って椅子にもたれかかり、お気に入りの楽手がかなでるリュートの曲を、ものうげに聴いていた。
イアンが急いで扉を開くと、モードは体を回して帽子の縁の下から彼をながめ、一言口にした。
「一段と輝いてるわね」
「待たせて申し訳ない」
あやまってから、イアンは彼女の手を取って部屋から連れ出した。
いつものように侍女メアリー連れの三人で、一行は馬を走らせた。 空の雲は重く垂れこめ、いつ降り出してもおかしくなかった。
体を低くして馬を飛ばしながらも、モードは風を切って高い声でイアンに呼びかけた。
「ねえ、何かいいことあったでしょう? 教えてよ」
人の表情を見ることにかけては、モードは鋭い。 イアンははためくマントの下から、風圧に負けない声を張り上げた。
「国王が、わたしを男爵にしてくださるそうです」
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