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道しるべ  182 元の家族は


  室内着のままで顔も泣き腫らしているからと、モードは寝室から出てこなかった。 それでもメアリを通じて、招待をお受けしたい、これから準備をすると伝えてきた。
 ほっとしたイアンが、兵の訓練でも見て時間をつぶそうと考えながら階段を降り切ったところで、広間の中から騎士見習仲間だったデイヴィーが急いで出てきて、袖を引いた。
「昨日は来なかっただろう。 ずっと探してたんだぞ。 領主様がおまえをお呼びだ。 すぐ上のお部屋へ行け」
 イアンは固い表情で振り返った。
「何の用で?」
「さあな、そんなこと、俺に話すわけないじゃないか。 とても急いでいるようだから大事なことなんだろう。 早く!」
 見るからに気が進まない様子のイアンを、デイヴィーはほとんど引きずるようにして、主階段を上っていった。


 控えの間にイアンを押し込んでから、デイヴィーは早足で伯爵を呼びに行った。
 モードが外出準備をすませるまでに、伯爵の話が終わるといいが。 せっかちなモードは待たされるのが嫌いなのだ。
 イアンは唇を引き結び、窓に近づいて、次第に雲が厚くなっていく空を見上げた。 にわか雨が降りそうだが、まだ時間はある。 腰抜け領主め、早く来い! と胸の中で叫んだとき、奥の扉が開いて、伯爵が現われた。
 彼は一人だった。 小姓もお付きも、妻のウィニフレッドも連れず、単身でイアンに向かって進んできて、すぐ前に立った。
 手を伸ばせば触れられる近さだった。 イアンは思わずたじろぎ、後ろに下がりたい衝動を懸命にこらえた。
 影の息子をまっすぐ見据えたまま、伯爵は妙に落ち着いた声で、前置きなしに切り出した。
「サー・イアン・ベントリー。 そなたの結婚を国王が非常に喜んでおられる」
 イアンは表情を崩さずに、ただ頭を下げた。
「ダランソン侯から書簡が届いて、そなたの奥方の城は平穏で、しっかり守りを固めており、家臣は婚礼を祝福していると伝えてくれと書いてあったそうだ」
「ありがとうございます」
 低い声で答えながら、イアンはジョニーの喜ぶ顔を思い浮かべていた。
 伯爵はひとつ咳払いをして、付け加えた。
「ただし、婚家のほうは内紛が起きている。 先代の未亡人を次男が城から追放し、怒った未亡人が手勢をひきいて城攻めに入ったとのことだ」
 イアンの表情が引き締まった。 やはりジョニーは命がけで逃げてよかったのだ。 血のつながった母と子が戦うとは、モンタルヴィ一族はろくな家系ではないらしい。


 伯爵は、首を巡らせて窓の景色に目をやった。
 そのままの姿勢を崩さずに、彼は静かに言った。
「今のそなたは、レディ・クラリーの夫として、フランスの城主になった。
 当然、向こうの領地も治めなければならない。 海を渡るとき、貴族でなければ押さえが効かないと、国王はお考えだ」











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