表紙目次文頭前頁次頁
表紙

道しるべ  181 気分転換に


 ワイツヴィルの後継者ゴードンが墜落死したという知らせは、領内だけでなく辺り一帯に、あっという間に広まった。
 事故の状況を知っている者は、誰もいなかった。 なにしろ前の晩は、館にいた人間の大半が酔っ払って、あちこちで騒ぎまくっていて、自分が何をしていたかさえほとんど覚えていない有様なのだ。
 そんな中、ゴードンがなぜ東の塔などに用事があったのか、疑問に思う者も少なかった。 ぐでんぐでんの男なら、どんな呆れたことでもしでかしてしまうものだから。




 葬儀は二日後、強風の吹きすさぶ中で行なわれた。
 参会者が並び、無言で見送る前を、重厚な棺に納められた遺体が運ばれていき、納骨堂に据えられた。
 後をついて歩くモードは、頭をうなだれ、目を泣き腫らしていた。 これまで見せたことがない落ち込みぶりだ。 離れたところから見守っていたイアンが、彼女に同情の気持ちを感じるほど、モードは辛そうだった。
 そういえば、ゴードンは結構モードを甘やかしていたし、護衛までつけて大事にしていた。 二人は不釣合いに見えたが、モードにしてみれば良い夫だったかもしれない。 そしてモードも、ゴードンにとって素敵な妻だったようだ。


 それから一週間、モードは館の三階にある自分の部屋から姿を現さなかった。
 下から運ばせる食事もほとんど残すという話を聞いて、イアンは本気で心配になってきた。 自分はゴードンからじきじきにモードの護衛を頼まれた身だ。 もう関係ないと放っておくのは無責任に思えた。
 それでイアンは妻のジョニーに相談し、荘園へ招待することにした。 ジョニーはモードとは友達だから、いい話し相手になるはずだ。 少しは悲しみがいやせると思われた。


 ワイツヴィルの館に着いた後、イアンは気を遣って、裏階段からモードの居室に上がっていった。 彼女は今や夫を失った身で、早くも慰めの手紙を装った恋文が何通も届いているという噂だ。 そんな求愛者たちの争いに巻き込まれるのはまっぴらなので、目立たないように用件だけ話して、招待を受けてもらえたらすぐ連れて帰るつもりでいた。
 扉をトントンと叩くと、ほとんど待たずに開いた。 イアンのノックの仕方を侍女が覚えているのだ。 メアリはいそいそと彼を迎え、声を潜めて報告した。
「奥方様はすっかり気を落としていらっしゃいます。 あんなに暗いモード様を見るのは初めてです」
「やはり噂に聞いた通りか」
 イアンは嘆息した。
「一人で悲しんでいるのは体によくない。 妻が心配して、ぜひうちに来てほしいと言っているんだが、承知してくれそうかな」
 とたんにメアリの目が輝いた。 モードが引きこもっている限り、侍女も館内から出られない。 若いメアリはすっかり飽きて、元気をもてあましているようすだった。











表紙 目次 前頁 次頁
背景:Kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送