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道しるべ  180 嘆きの遺族


 まだ早朝の六時前だった。 夜が明けぬ暗がりの中、歩哨任務で塔の屋上に上ろうとした兵士が、階段の下に転がっている塊を発見した。
 松明の光で顔をあらためて、腰を抜かしそうになった彼は、馬のような足音を立てて駆け下り、副隊長を叩き起こして知らせたのだった。
 副隊長のルイスは冷静沈着な男で、部下を四人連れて現場に行き、ゴードンの死亡を確かめた後、彼を下に運ばせ、自分はすぐ領主に悲劇を伝えに行った。


 秋祭り気分は、一度に吹き飛んだ。
 ゴードンの大きな体を、家来たちが厳粛な面持ちでかついで降り、大広間のテーブルに横たえると、知らせを聞いたモードが真っ先に駆け寄って、血に汚れた顔をスカーフで拭いた。
 次いで現われたのは、弟のヴィクターだった。 寝室に戻らずに騒いでいたらしく、昨日の服装のままで髪はくしゃくしゃ。 今にもあくびが出そうな顔をしていた。
 ヴィクターはすぐにモードを見つけ、駆けるように傍へ寄って悔やみの言葉を呟いた。  だが、モードは彼がいることにさえ気づかない様子で、動かない夫の顔や腕を撫でさすり、二言三言囁きかけた。 ほっそりした肩が落ちて、嘆き悲しんでいるのが誰の目にも明らかだった。


 やがて重々しく奥の扉が開き、領主サイモンが姿を見せた。 眉が寄り、口角が下がって、険しい人相だ。 ふだん凍った湖のように表情変化が乏しいだけに、別人のような迫力があった。
 その後ろから、サー・レオンとサー・ユーグがついてきた。 二人はサイモンの前妻イザベルがフランスから伴った騎士団の隊長たちで、日頃は領主より息子たちを護っていることが多い。
 だから急な知らせに、二人とも顔色を変えていた。 イザベルがまだ生きていたら、両名は監督不行き届きとして、打ち首にされたかもしれない状況だった。
 サイモンはまっすぐ、死んだ長男の傍へ行き、モードと並んだ。 それから、周りに聞こえないほどの小声で何ごとか話しかけた。
 とたんにモードが体を強ばらせると共に、手で口を覆った。 その眼から、どっと涙が流れ出て頬を濡らした。


 サイモンは沈痛な表情で長男の額に触れ、やさしいと言っていい手つきで髪を掻きあげてから、半ば開いていた目を閉じさせた。
「息子よ、志半ばで世を去らねばならないとは、さぞ無念だったことだろう」
 その声は低かったが、今度は静まり返った部屋にはっきりと響いた。
 それからサイモンは顔を上げ、まっすぐサー・レオンを見据えて命じた。
「葬儀の支度を。 跡継ぎにふさわしい立派な埋葬をしてやるように」
 サー・レオンとサー・ユーグは、言葉も無く頭を深く下げた。











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