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道しるべ
178 押し付け愛
モードは予定を大幅に越えて、一時間以上尼僧院の中で粘り、夕方の風が強くなった頃、ようやく大門から姿を現した。
彼女と侍女のメアリが通り抜けたとたん、門がガタッと音を立てて閉じた。 副院長たちは腹立ちを押さえきれないらしい。 イアンは苦笑いしつつ、モードと侍女を馬に乗せてやった。
馬を速歩で進めながら、モードはイアンに並んで話しかけてきた。
「助かったわ。 うまい口実をとっさに思いついてくれて」
「セント・イザベルが作られたときを、よく覚えていたので」
イアンは硬い声で答えた。 母が待って待って待ち焦がれたサイモン・カーが、外国人の花嫁と色黒の幼児を連れて帰国したのは、イアンが三歳と半年のとき。 そして、高慢な花嫁イザベルが打ち捨てられた僧院跡を修理し、おこがましくも自分の名前をつけて尼僧院にしたのは、彼が七歳になる直前のことだった。
その日、イザベルは信徒を増やそうとして、村の女たちに頭を包むスカーフを贈り、男たちには酒をおごった。
だが、森外れにひっそりと住むウィニフレッドの元には何一つ来ず、完全に無視された。
束の間、思い出に沈むイアンを、モードは横目でちらちら見ていたが、やがて意を決して馬を寄せ、彼の腕に手袋を嵌めた手で軽く触れた。
「前の奥方は、よく覚えてる。 打ち解けない人だった。 氷の塊みたいで。
でも、自分の子供たちはかわいがっていたわ。 それこそ目に入れても痛くない感じだった。 それに……」
ちょっとためらってから、モードは付け加えた。
「カー伯爵に夢中だった。 いつも目で追っていたのを覚えてる。 館の中にいるときはもちろん、伯爵が兵の訓練をしているときは窓から眺めていたし、外出したときは必ずやぐらに上がって、帰るまで窓の傍で待ちつづけていたわ」
イアンは真面目な顔のモードを見返した。 なんだかゾッとする話だと思った。 常に見つめられ、後を追われ、つきまとわれるとは。 伯爵はいったい、どんな気持ちだったのだろう。
慰めるようにイアンの腕を叩いた後、モードは手を離した。
「ゴーディは、そんなお母さんがあまり好きじゃなかったって。 彼が女嫌いになったのは、母親の影が暗すぎたからかもね」
イアンはむせそうになって、慌てて手綱を引き締めた。
なんと、モードは前からゴーディの性癖をちゃんと知っていたのだ。
「わかってて、いったい何で結婚したんです!」
考えるより先に、非難が口から飛び出した。
モードはぶしつけな言葉にも怒らず、かえって面白そうな顔をした。
「あら、あなたも知ってたのね。 ねえ、誰に聞いた?」
「絶対に言いませんよ」
イアンはぶつぶつ呟いた。
「みんな口止めされてるんでしょう? 仲間意識でしゃべったことに、罰を与えられるのは気の毒です」
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