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表紙

道しるべ  176 奥方の道楽


 楽しい日々は羽根が生えたように過ぎ去る。
 イアンは、安息日を除く毎朝、館に顔を出し、特に務めがないときには一目散に家へ馬で駆け戻って、ジョニーと力を合わせて家庭を整えた。
 家庭──それこそが自分の欲しかったものなんだと、イアンは悟り始めていた。
 もともと、彼とトムには放浪気質はなかった。 大金を手に入れたとき、それが実感としてわかった。 他所へ行って派手に暮らそうとは思わず、二人とも故郷へ戻ることだけを望んだからだ。
 だからこそ、その故郷を居心地のいいものにしたかった。 そして彼にとって幸運なことに、ジョニーはそれができる伴侶〔はんりょ〕だった。
 彼女が来てから、屋敷はすっかり落ち着いた。 すべてが収まるところに収まったという感じで、家の中は快適に整い、料理の種類は増え、雇い人たちのいざこざがずいぶん少なくなった。
 おっかないユージェニーでさえ、ちゃんと役目を果たしていた。 穏やかなジョニーが強く叱れないとき、代わりに出てきて言いたいことをはっきり言い、意識的か無意識にかわからないが、憎まれ役を買って出ていた。


 最近でもまだ、モードは夫の許可のもと、イアンを連れ歩いていた。
 だが、派手な買い物はそろそろ飽きたらしく、ここのところはセント・イザベル修道院に足しげく通って、寄進活動に精を出していた。
 彼女が子供好きだということを、イアンは女子修道院で初めて知った。 他の修道院と同じように、ここも少数ではあるが、捨て子や望まれないで生まれた隠し子を何人か引き取って育てていた。 中には匿名の親から養育費が払われている子もあって、僧院の維持に役立っている。 家族に恵まれない子供たちへ、モードは食べ物や服地、遊び道具などを差し入れた。


 眠くなるような夏の午後、侍女のメアリとイアンを伴ってセント・イザベルを訪れたとき、モードはどこかいらいらしていた。 その日の午前中に、面白くないことがあったのかもしれない。
 籠にたっぷり入れた白パンを受け取った副院長が、あまり嬉しそうな顔をしなかったのも、モードの不機嫌に輪をかけた。
「いつもいろいろな物をいただいてありがたいと感謝しております。 ですが、当院のあり方としましては、神の授かり物である子供たちに清貧と忍耐を身につけさせるのが肝要なことです。 身を粉にして働いている農夫が黒パンで、恵みによって生きている子供たちが上等な白パンを口にするというのは、世のあるべき姿とは思えません」
 イアンがはらはらしながら見ていると、案の定、モードはムッとして頬をふくらませた。 いかにも彼女らしい、とてもわかりやすい反応だった。












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