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表紙

道しるべ  173 今の問題は


 風薫る五月が、穏やかに過ぎていった。
 イアンとジョニーの結婚予告は、地元の教会に毎週掲げられ、何事もなく終わりの三週間目を迎えた。
 その間、荘園は式の準備で忙しく動いた。 村の小さな仕立て屋は、イアンの衣装作りにてんやわんやだった。 一方、ジョニーのウェディングドレスは、ユージェニーがジェーンに縫い物のうまい村娘を呼んでこさせて叱咤激励し、二人で猛然と縫い上げていた。 ユージェニーがいくら愛想が悪くても、器用で役に立つことは、イアンも認めないわけにはいかなかった。


 実のところ、イアンは少しいらいらしていた。
 新しい領地のせいではない。 もちろん結婚への不満でもない。
 むしろその二つはイアンの楽しみで、どこにいても思い出すと心が温まった。 いらつくのは、自分の荘園から始終引き離されるためだ。 それは、もう一組の新婚夫妻のせいだった。
 盛大な式を挙げ、体調もずいぶん戻ってきて元気になった様子なのに、ゴードンは愛妻モードの護衛をイアンに任せきりだった。
「鷹狩りには行くくせに、奥方と町へ行くのが面倒くさいなんて、ゴーディーの罰当たりめ」
 三日ぶりに荘園へ戻ったとき、イアンは引き裂くように上等な上着を脱ぎながら、居間で犬たちとくつろいでいたトムに愚痴をこぼした。
 猟犬の耳の後ろを掻いていたトムは、意外そうに目を上げた。
「若殿の奥方がそんなに嫌いか?」
 顔をしかめた後、イアンは考えた。
「まあ正直、好きではないが、前よりは我慢できるようになった。 レディ・モードはわざと男の気を引いているわけじゃないんだな。 男のほうから盛んに言い寄ってくるんで、虫除けに俺を使ってるんだ。 最近気づいてきたよ」
 トムは椅子に深く寄りかかり、感心したように頷いた。
「それがわかったとき、腹が立ったか?」
「いや」
 イアンの頬に笑窪ができた。 トムは不思議そうに目をすがめた。
「怒らないのか? 利用されてたのに?」
「どっちかというと面白かったよ。 だから冷たくする気もなくなった。 今じゃ仲良く話すこともあるんだ」
「それでだんだん惹かれていくとか」
 トムが水を向けると、イアンは面白がって、眉を吊り上げた。
「ありえない。 傍にいて一度も触れたくなったことがないんだ。 キスもお断りだ。 ある意味、記録かも」
「おっと」
 小声で呟くと、トムもにやにや笑い出した。












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