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道しるべ  170 思わぬ提案


「頼もしい?」
 そう繰り返して呟いて、伯爵はかすかに眉をしかめた。
「それはどういう意味ですか? 舞踏会場であなたに見とれていただけの若者なのに?」
「実はフランスで逢っていました」
 ジョニーの声が上ずりかけた。 急いで喉を整えてから、彼女は穏やかに話を続けた。
「偶然の出会いで、命を助けてもらったのです」
 伯爵は渋い表情のまま、まずジョニーを眺め、それからイアンに視線を移して、気詰まりになるほどしげしげと見つめた。
「それで会場で見かけたとき、サー・イアンはあんなに驚いたのですか?」
「はい、そうです……」
 語尾が震えた。
「向こうで別れた私が、ヨークシャーに来ているなんて、思ってもみなかったでしょうから」
 伯爵の目がジョニーに戻った。 口が開いたが言葉は出ず、そのまま閉じた。
 それから顔をそむけて、光の差し込む窓に目をやった。
「過去に何をしたにせよ、あなたに選ばれるとは光栄なことだ」
 これが承諾の言葉だった。


 正式に婚約を許された二人は、派手な式を望まず、領内にある静かなホーリークロス教会堂で友人だけを招いて行ないたいと申し出た。
 すると伯爵は、静かに体を起こして言った。
「ホーリークロスなら目と鼻の先だ。 わかっていてわたしが出席しないのはよくないでしょう」
 イアンの背中が強ばった。
 なんだと? おれの結婚式に出るつもりなのか?
 イアンが動きかけるのを手で制して、伯爵はきっぱりと宣言した。
「公爵夫人に敬意を表するためにも、ぜひ呼んでほしい。 いかがですか?」
 ジョニーは一瞬息を深く吸い込んでから、ぎこちない微笑を浮かべた。
「感謝いたします。 お申し出を心よりお受けします。 部下思いでいらっしゃるんですね」
 これは珍しい。 ジョニーが皮肉を言っている──イアンは緊張と怒りで固まっていた心がふとほぐれて、危うく笑いそうになった。




 婚礼の決定で、今度こそ堂々と、ジョニーはイアンの屋敷に滞在することになった。 いそいそと二人で、と言いたいが、おじゃま虫のユージェニーをもしぶしぶ従えて三人で、一行は小じんまりした荘園に戻った。
 その道中、イアンは初めてジョニーに、領主とのつながりについて語った。
「前から気づいていただろう? 見た目がそっくりだからな、いまいましいことに」
「ええ」
 ジョニーは否定しなかった。 だが、伯爵が情け知らずの冷血漢だというイアンの意見に、賛成もしなかった。












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