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道しるべ
169 館での対面
館に到着したとき、イアンは少し身構えていた。
が、そんな必要はないことが、すぐにわかった。 一発でのされたテルフォードは、体面にかかわると自分で思ったのだろう。 どうして顔にあざができたか誰にも言わずに、さっさと館を立ち去っていた。
石敷きの廊下を、イアンはジョニーを送って通って行った。 あまり堂々と並んで歩くため、かえってすれ違う人々は何も言えず、あきれたように目を見張るか、眉をしかめるだけだった。
中には笑顔で応援してくれる者もいた。 同期のローアンは特に大胆で、次の騎士候補クリフと共にイアンを呼び止め、ジョニーに挨拶した。
「初めまして、麗しい奥方。 風まかせで気楽に航海していたイアンという船にも、ついに立派な港が見つかったようですね」
ジョニーは慌てずに、にっこり微笑み返した。
「吹き寄せてくれる風が、いつも順風であるよう願いますわ」
うまい切り返しに、ローアンは、ほう、という表情になって、目を輝かせた。
「それにしても英語がお上手だ」
「母が英国育ちなものですから」
四人が彫刻入りの柱近くで談笑していると、カー伯爵付きの小姓がやってきて、イアンに呼びかけた。
「お館様がお呼びです。 どうかマダムもご一緒にとのことです」
いよいよだ。
ジョニーと一緒に階段を上るイアンの背は、無意識に強ばっていた。 王が先に許可を与えた以上、伯爵が結婚にケチをつけるとは思えない。 だが、徹底的に息子を無視する伯爵のことだ。 祝福の言葉を与えるとも思えなかった。
小姓が先に立って二人を招きいれたのは、いつもの広間ではなく、伯爵が私的に使っている書斎兼くつろぎの間だった。
中にいる伯爵は、確かにくつろいでいた。 隙なく整ったいつもの服装ではなく、薄手ウールのタイツと、上等だが地味な深緑色のコートを着て、指輪以外はまったく飾りをつけていなかった。
彼はまずジョニーに目をやり、優雅に一礼して椅子を勧めた。
「モンタルヴィ侯爵夫人、お呼びたてして失礼しました」
「いいえ、伯爵様」
「そなたも座るように」
イアンは立ったままでいたかったが、はっきりした声で言われて従わないわけにはいかなかった。
伯爵はゆったりと自分の椅子に腰掛けると、すぐ本題に入った。
「ダランソン殿から話を伺いました。 侯爵夫人、サー・イアンは一介の騎士にすぎませんが、それでも夫に望まれる訳は、いったい何ですか?」
ぶしつけな問いだった。 口調も、冷たいといっていいほどそっけなかった。
だが、ジョニーはひるまず、まっすぐ首をもたげて伯爵を見返した。
「それは、頼もしい方だからです」
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