表紙
目次
文頭
前頁
次頁
道しるべ
168 過去を語る
厨房から、パンとチーズ、りんごとエールを持ち出して、軽い朝食を取った後、イアンとジョニーは馬に乗って出発した。
次第に明けてゆく空の下、昨日の雨をふくんだ野山は鮮やかな緑に輝き、珊瑚色のヒースが丘の下を絨毯のように埋めていた。
馬の背に揺られながら、ジョニーが話しかけてきた。
「ここは雨が多いの?」
イアンはちょっと考えて答えた。
「アイルランドのようにやたら量が多いわけじゃない。 ただ、雲がよく出てきて、いつ降り出すかわからないんだ」
「でも雨は降ったほうがいいわ」
目を楽しませる景色を、ジョニーは慈しむように眺め回した。
「スペインに行ったことがあるの。 とても乾燥している割に、冬は寒かった。 気候の厳しいところよ」
「ここらは人間より羊のほうが多い。 羊飼いの奥さんになるのはどんな気持ち?」
イアンがからかうと、ジョニーは笑窪を浮かべて微笑んだ。
「故郷にも羊はたくさんいるわよ。 大きな鋏で毛刈りをするところを何度も見たわ」
「でも大きな城の奥方として、優雅な暮らしをしてたんだろう?」
すっとジョニーの笑顔が引っ込んだ。
「いいえ。 夫の母が城内を仕切っていて、私は飾り物のようなものだった。 新しい跡継ぎと無理やり結婚させようとしたのも、その姑よ」
腹黒女め。
イアンは唇を引き締めて思った。 自分にはささやかな家しかないが、それでもジョニーには自由に切り盛りしてもらおう。 穏やかで思いやりのある彼女なら、いい女主人になることだろう。
「俺は貧乏育ちだから、屋敷のやりくりはよく知らない。 だから君は腕をふるえるぞ。 狭くてやりがいはあまりないかもしれないが」
すると驚いたことに、ジョニーは陽気に笑い出した。
「狭いですって? ルドン屋敷と同じぐらい大きいじゃないの。 あそこで私たち三人は、広さをもてあまして二階の部屋一室で、重なり合うようにして寝てたのを覚えてる?」
イアンの顔にも思い出し笑いが浮かんだ。
「そうだったな。 まああれは、暖炉の薪がもったいないから一部屋に集まってたんだが」
「大きすぎる城は虚しいわ。 父は三つお城を持っていて、順番に泊まり歩いたの。 よく修理したり建て増ししたりしていたから、自分の城でしょっちゅう道に迷っていたわ。 ばかばかしい話よ」
ジョニーの声には怒気が篭もっていた。 彼女の子供時代もあまり幸せではなかったらしいと、イアンは悟った。
「君にはディエップで一緒にいた兄さん以外に兄弟がいるのか?」
ジョニーは小さく頷いた。
「父の後を継いだ兄と、それに姉が一人。 人が振り向くような美人なの」
君だって綺麗さ。 淑やかな百合の花のように。
イアンはそう言おうとして、なぜか喉が詰まったようになって口にできなかった。
表紙
目次
前頁
次頁
背景:
Kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO
掲示板
[PR]
爆速!無料ブログ
無料ホームページ開設
無料ライブ放送