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道しるべ  164 忍耐の限界


 五月祭の当日は、あいにく一日中風雨が吹き荒れ、楽しい屋外の遊びはすべてできなくなった。
 それでも館では、小規模ながら踊りの会が開かれて、居合わせた客人や館の騎士、見習、侍女たちを交えてダンスや遊び、それに物陰でのじゃれ合いに興じた。
 イアンもその日は接待役はせず、ジョニーと密かに合図を送りあって、いつもの馬車置き場で待ち合わせた。
 だが、今度はうまく二人だけにはなれなかった。 同じことを考えた人間が他にもいて、イアンが中に入ると、馬車にもたれて抱き合っていた男女が慌てて離れた。
 それが妻子持ちの郷士ウォルネットと、領主夫人付きの侍女のミニーだったので、具合の悪いことになった。 イアンはたじろぎ、何も言わずに退却した。


 出口のところで、急いで降りてくるジョニーが見えた。 これから二人でどこへ行こう。 忙しく頭を巡らせながら、イアンが彼女を迎えに歩み寄って事情を話そうとした矢先、階段からもう一人、男が出てきた。
 それは婚礼の客として来て、まだ館に留まっているテルフォード男爵だった。 息せききっているところから見て、ジョニーを見かけて急いで後を追ってきたらしい。
「ようやく逢えましたな、マダム……」
 うれしそうな声が途中で切れた。 そして、三角になった眼がイアンを睨みつけた。
「おまえか! 何をしてるんだ、色男気取りで! たかが成り上がりの騎士の分際で、高貴な伯爵の奥方に手を出すとは、いくら五月祭の無礼講でも……」
 かさにかかって言いつのるテルフォードをぴしゃりと止めたのは、イアンではなくジョニーだった。
 イアンに手を預けたまま、彼女はまっすぐ男爵を見つめ、落ち着いたしっかりした声で言い返した。
「こそこそ隠れて逢っているようなことをおっしゃらないでください。 サー・イアンと私は婚約しています。 王様の許可も頂いて、間もなく式を挙げる予定です」


 男爵は棒立ちになった。
 彼がなすすべなく両腕をだらりと下げるのを見て、イアンは悟った。 テルフォードは本気だったのだ。 地位や財産に魅力は感じただろうが、それ以上にジョニー、つまりレディ・クラリー本人に心を寄せていたようだ。
 そのせいか、テルフォードは諦めが悪かった。 ジョニーの宣言が頭に染み込むと、青ざめた顔を上げて、イアンを強く睨みつけた。
「そうか、コネを使ったな。 表向きはまだ一介の騎士でも、身分が認められるのは時間の問題と聞いた。 裏のつながりで国王に貢物をしたんだな。 汚い野郎め!」
 これでイアンもカッとなった。 実の父との関係を皮肉られるほど、彼の嫌いなことはなかった。
「聞き捨てならないことを!」
 ジョニーも色をなした。
「嫌味は止めてください。 私達がお互いに望んで決めたことです」
「あなたはここに来て間もない。 整った顔と上手い口にたぶらかされて、周りが見えなくなってるだけなんですよ!」
 イアンは我慢できなくなった。 これ以上へらず口を叩かれてたまるか! 彼は二歩進み出ると、負けずに身構えた男爵の繰り出した拳を軽く避け、返す一撃でテルフォードを殴り倒した。










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