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表紙

道しるべ  163 見張る人影


 大聖堂を擁するヨークの町は、人出が多く、よく賑わっていた。 三年前のペスト惨禍からはもうほとんど立ち直っているようだ。
 金物屋や染物屋、大聖堂参りの巡礼をあてこんだ土産物屋などが軒を並べる通りに、貴婦人二人と侍女二人、それにイアンと騎士見習のニッキーの六人は、ゆっくり馬を進ませた。
 モードは、立派な店構えを見せる織物屋に目を留めて、身軽に馬を下りた。 一行も続いて下馬し、様々な生地が積み上げられた店内に入った。
 高価な布地を次々と見ていくモードと同じように、ジョニーも様々な生地を眺め、真剣な目で品定めしていた。 新しい衣類だけでなく、きっと新居に使うため、ベッドカバーや敷物やカーテンにふさわしい品を下見しているのだろう。 好きなものをいくら買ってもいいよ、と、イアンは危うく口に出しそうになった。
 二人の侍女たちは、いつの間にか仲良しになっていたらしく、小声で話し合いながら五月祭用の晴れ着の布を選んでいた。 その気になれば気位の高いユージェニーが片言の英語を使えるのを聞いて、イアンはびっくりした。


 モードは金襴とセイ(薄い毛織)、高価な赤のビロードをたっぷり買い込んだ。 鮮やかな赤色を出す染料は非常に貴重で、値が張るのだ。
 ユージェニーはよく吟味した末、イタリア製の薄緑の絹を、ポリーは同じような布でクリーム色を、それぞれ買った。
 ジョニーは迷っていた。 光線によって灰色にも葡萄酒色にも見える繻子〔しゅす〕か、秋の空のような深い青の絹か。
 両方に手を置いて、彼女はイアンに目を向けた。 どっちが似合うと思う? 右? それとも左? と無言で問いかけられて、イアンは左へ視線をやり、小さく微笑んだ。
 とたんにジョニーは嬉しげになって、しっかりと織られた青い絹を店主に注文した。


 布の山は袋に詰められて、ニッキーの馬に載った。 女性たちは値の張る買い物をした満足感に浸って帰路に着いた。
 空は曇り、時間はすでに午後になって、春とはいえ風は冷たくなってきていた。 イアンが列の先頭に立ち、ニッキーが最後尾で、女性たちを挟む形で馬を走らせた。 町を一歩出れば、そこは畑と野原と森の広がりしかない。 見るからに富裕そうな貴婦人たちをしっかり守らなければならず、二人の若者は四方に油断なく目配りしていた。


 一行が森の端を駆け抜けていくのを、樫の木の陰からじっと眺めている姿があった。
 その男は大型の石弓を持ち、いつでも射ることができるよう準備していた。 だが、さっそうと馬を走らせていくイアンの後ろに、横鞍の女性が四人ついていっているのを見て、見つからないようにそっと弓を下ろした。
 そこへ急に雨が落ちてきた。 男は背中に垂らしていた頭巾で頭を覆うと、木陰に繋いでいた馬の背に飛び乗って、一行を追うように走り去っていった。











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