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表紙

道しるべ  161 それは違う


 翌日は、朝からすっきりと晴れ渡った。
 国王の一行は荷造りを始め、次の早朝には一斉に馬車や馬を並べて、帰途についた。


 広い館は静かになり、落ち着いた雰囲気に戻った。 新婚の二人は楽しそうで、夫婦の部屋をいろいろな物で飾ったり、新しい服を仕立てたりした。
 そして、その度にモードは嬉々として買い物に出かけた。 雪の像のようなイアンをお供に従えて。
 イアンは本当にうんざりしていた。 きれいさっぱりと去った王の取り巻きの中で、叔父とも別れて一人だけ残ったレディ・クラリーについては、いろんな噂が囁かれている。 だが領主サイモンの意向で、イアンとの婚約はまだ秘密のままにされていた。
 彼女はモードと仲良くなったため、引き止められて後しばらく滞在するのだと言われていた。 確かに女性二人はよく世間話に興じていたが、ジョニーの本心は早く結婚して荘園の家を整えたいのだと、イアンにはわかっていた。
 そうとも知らぬ周囲の男たちは、フランスに領地を持つ名門未亡人という肩書きに惹かれて、盛んに館を訪れてはレディ・クラリーのご機嫌を取っていた。 財産目当ての貴族や郷士の口車に、まさかジョニーが乗るはずがないとは思いながらも、モードの買い物に付き合わされてひっきりなしに館を留守にするイアンは、内心気が気ではなかった。


「今日はヨークへ行くの。 ベッドの天蓋が気に入らなくてね。 東洋の金襴がいいと思うのよ」
 うきうきとしゃべりながら、モードは愛馬オリオンの首を撫でた。
 大きな町ヨークまでは、馬を飛ばしても行き帰りで三時間はかかる。 その上ゆっくり買い物をしたとすると……忍耐の糸が切れかかった。 思わずイアンは、言うつもりのなかったことを口走ってしまった。
「奥方がお留守の間、お友達のレディ・クラリーは一人になってお寂しいでしょう。 誘ってあげたらいかがですか?」
 モードは乗馬鞭を持ち替えて今にも乗ろうとしていた足を止め、片眉を吊り上げてイアンを振り向いた。
「そうね、それはいい考えだわ。 ポリー! レディ・クラリーのところへ急いで行って、ご一緒しませんかと訊いてきて」
「はい」
 若い小間使いが走り去ると、モードは半ば笑顔になって、イアンを意味ありげに眺めた。
「レディ・クラリーは静かな人よね」
 彼女のことをモードと話したくなかった。 イアンは表情を変えぬまま、他人事のように短く答えた。
「そうですね」
 モードの眼がいたずらっぽく光った。
「それにとても女らしいわ」
 彼女が男の子を装って、今でもジョニーと呼ばれているのを知ったら、この人はどう思うだろう、とイアンは考えた。
「わたしにはよくわかりません」
 モードは吹き出した。
「バカ言わないで。 あなたが彼女を見つめる目、気づかないと思った? 私だって恋を知ってるのよ」
 束の間、イアンは動揺した。 思ってもいなかった恋という言葉が出てきたためだが、同時にモードが本気でゴードンを愛しているのかと驚いたせいでもあった。
 たまたま二人きりなのを幸い、モードは短い鞭を手で持てあそびながら、イアンの周りを面白そうに回った。
「あなたにも好きな人ができたのね〜。 当然だと思うけど、なんか寂しくもあるわね。
 それに、間が悪いわ、なんとしても」
 間が悪い?
 奇妙な言葉に、イアンは眉を寄せた。










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