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道しるべ  159 華やかな宴


 翌日は暗い曇り空だった。
 もくもくと黒味がかった分厚い雲が空を埋め、その重さに耐えかねていつ雨粒が落ちてきてもおかしくない様相で、婚姻に使われるワイツヴィルの礼拝堂には、普段の倍の蝋燭がずらりと並べられた。
 それでも王の臨席を得て、結婚式は厳かに行なわれた。 金糸銀糸の縫い取りの上に宝石をちりばめた飾り紐を重ねて、花嫁のモードは眩いほど美しかった。 また花婿のゴードンも艶のある紺色の上衣に金の帯をきりりと締めて、叶う限り立派に見えた。


 イアンは礼拝堂の式には参列できないので、花婿花嫁の姿を見たのは、二人が本館の披露宴に現れたときだった。
 幸い、式が終わるまで天気はなんとか持ちこたえた。 それでも客たちが宴に集い、めでたく夫婦になった二人を盛大な拍手で迎える頃には、館の屋根や庭の樹木を叩きつける豪雨の音が絶え間なく響いていた。
 めでたく絆で結ばれた二人は、手を取り合って入ってきた。 どちらも感激しているというよりは、どこかホッとしているように、イアンには見えた。
 男性の招待客たちは、もっぱらモードに見とれていた。 女性たちもチラチラと花嫁を観察していたが、モード自身より素晴らしい衣装をうらやましがって眺めているという感じがした。
 宴は盛り沢山だった。 豪華な食卓を前にして、お祝いの仮面劇が上演され、曲芸師の一団が跳ね回り、吟遊詩人の歌に皆が聞きほれた。
 イアンは、派手な催し物の合間に、上席にいるジョニーの姿を確かめた。 ジョニーもイアンのほうを見ていることが多く、何度か目が合った。
 華やかな会場で二人が見つめ合っているのに気づく者は、ほとんどいなかった。 ただ、横に座っていた郷士の娘エセルリードはイアンの関心を引きたかったらしく、彼の視線が始終自分から逸れているのを悔しがって、いきなり非難した。
「あなたがこの辺りで一番もてる人だというのは認めるわ。 でもあの高慢ちきなフランス貴族の姪を狙うなんて、いくら何でも高望みじゃない?」
 しゃべるだけでなく、イアンの腕に手までかけてなれなれしく引き寄せる娘を、上座からジョニーが凝視した。 エセルリードも睨み返して、猛々しく呟いた。
「あら嫌だ。 お上品ぶってたくせに、鬼みたいな目で私を見てる」
 イアンは吹き出しそうになったが、なんとか真顔を保ってエセルリードの指を肘から外した。
「わたしの心配はいいから、このご馳走と座興を楽しんだらいかが? こんな大きな宴会は、もう二度と経験できないかもしれないですよ」
 エセルリードは懲りずに、また手を重ねてきた。 上等なワインで酔ったのかもしれない。
「もうじきダンスが始まりそう。 初めは私と踊ってね。 約束よ」
 イアンはエセルリードの可愛らしい顔を、初めて正面から見た。 そして、穏やかに答えた。
「残念だけれど、最初の踊りは相手が決まっているんです」











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