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道しるべ  157 前夜の祝い


 翌日がいよいよゴードンたちの華燭の典ということで、その晩の夕食は客の数が最高になり、料理人は花嫁の実家である隣のグランフォートに応援を頼んだ。
 さしもの大広間も満員状態だった。 長テーブルが二台新たに運び込まれ、給仕人たちは狭くなった通路を苦労して通り抜けて、大皿の料理を運んだ。
 すべてはワイツヴィル伯爵の栄華と交友関係の広さを表すもので、主客席に陣取る国王も感銘を受けたようだった。


 その夜は、ゴードンとモードも食事に参加していた。 ゴードンはずいぶん元気になっていて、モードと二人で一つの杯を使い、ときどき頭を寄せ合って、親密そうに会話を交わすところが見られた。
 弟のヴィクターは兄より着飾って、周囲の貴族たちに愛嬌を振りまいていた。 よく知らない人が見たら、彼のほうが花婿かと思ってしまっただろう。
 イアンたちはテーブルの末席にいた。 一方、ジョニー、つまりレディ・クラリーは賓客として、国王の近くで上品に食べていた。 彼女は相変わらず小食だ。 うちに住むようになったら、エッシーのうまい料理でもうちょっとしっかりした体つきになってもらおう、と、イアンは考えた。
 ジョニーが妻になる、と思うと、喉が熱くなって、胸が広がるような不思議な心持ちになった。 同時に、結婚を知ったときのトムの痛ましい表情も気になった。
 もし自分たちの身分が逆で、トムのほうが騎士になっていたら、ジョニーはトムを選んだはずだ。 そう思うのは辛かった。
 果たしてどちらに対しての辛さだろう。 トムか、それともジョニーにか。 それはイアン本人にさえわからない複雑な感情だった。


 国王は昼寝したことで元気回復したらしく、よく食べ、たっぷり飲んだあげく、さっさと食事を切り上げて未来の花嫁花婿に機嫌よく挨拶した後、早々に部屋へ引き上げていった。
 後はいっそう賑やかになった。 イアンがデイヴィーたちとワインを飲み交わしていると、巻き毛の小姓が傍に来て、耳元で告げた。
「レディ・Cが来ていただきたいそうです。 場所は前と同じところだと」
「わかった」
 彼がすぐ立ち上がるのを見て、デイヴィーとローアンがからかった。
「さてはご婦人の呼び出しだな」
「一体いつ誘うんだ? おまえが女たちを誘惑しているところなんか見たことがないのに、お呼びがどんどんかかるのは、どういう魔法なのかな?」
「いやいや、最近ではそうでもないようだぞ。 舞踏会場でフランスの奥方に見とれて、ダンスの邪魔になったとかいう噂を聞いた」
「ほんとか? 俺たち招かれもしなかったのに」
 いつもは無視するところだが、今回に限っては、打ち明けたい気持ちが先に立った。 イアンは涼しい眼で二人を順番に眺め、短く言った。
「今度は本気だ」
 二人は一様に驚き、顎が下がった。
「てことは、おい、まさか……」
「そのまさかだよ。 こっそりついてくるなよ。 どうせじきにわかるんだから」
 そう言い残すと、イアンはなめらかな身のこなしで、目立たぬように姿を消した。










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