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道しるべ  156 誓いの印を


 夕方といっても、春真っ盛りの太陽はまだ低い丘の上に残り、空は澄んだ水色に光っていた。
 馬たちはもう道に慣れ、元気をもてあましているようだった。 それで三人は行きより速く飛ばして、半分ほどの時間でワイツヴィルの館に帰り着いた。


 ジョニーとユージェニーを部屋まで送り届けた後、イアンは、明日に迫ったゴードンとモードの挙式をあてこんで店を広げている宝石商の仮小屋へ足を向けた。
 そう豪華な服装ではないが、趣味のいい舞踏服で身を飾ったイアンを見て、団子鼻の商人は愛想よく中へ誘った。
「いらっしゃいませ。 何がお望みですかな? 恋人へ贈る銀のチェーン、それともこちらの鳩のブローチなどは? 小さくとも目に本物のルビーを入れておりますぞ」
「指輪がほしい」
 イアンは静かに言った。
「許婚に贈る結婚指輪だ。 彼女は青い瞳なので、サファイアがいいんだが」
 店主はたちまち目を光らせた。 そして、イアンのような若い騎士でも買えそうな指輪や、まだ嵌め込んでいないサファイアの石を木箱から取り出して、ずらりと並べた。
 イアンの目が、箱の中に残っている指輪の一つに止まった。 それは金の台に繊細な花輪の模様が彫りこんであって、中心部に大粒のサファイアが夜の湖のようにきらめいているものだった。
「それは?」
 イアンが指差すと、商人は困った顔になった。
「こちらは、結構お高い物でして。 少なくとも金貨二十枚は頂かないと」
「六枚だ」
 少しも動じずに、イアンは値切った。 商人は大げさに両手を上げ、天を仰いだ。
「ご冗談を! この凝った彫りを見てくださいよ。 石だって見事な磨きで傷ひとつないんですよ」
「では七枚」
 商人は目を細くした。 最初はとても無理だと思ったが、どうやら若者が本気で買う気らしいとわかってきたらしい。
「十八枚」
「八枚。 これ以上はビタ一文出さない」
 商人の指が、鉤型に曲がった。 金貨八枚といえば、相当な大金だ。
 それでも彼は用心深かった。
「どこの金貨です? 見せていただかないと」
 イアンは例の小袋を懐で探り、五枚ほど握ってテーブルの上に広げた。 それは紛うことなきイギリスのフローリン金貨(7グラムで、他国の倍の黄金を使っている。 今に換算して25〜30万円近い価値)だった。
 商人は息を引き、素早く頭の中で計算した。 彼は普通のダカットやマルクのつもりで話していたから、英国フローリンだと八枚でも十六枚分になる。 その指輪は海賊から金貨四枚で買い上げたものだったので、三倍の儲けだった。
 イアンはあと三枚を懐から出し、指輪を受け取った。 彼が背を向けて店を出ようとする姿を見ながら、商人は素早く受け取った金貨を噛んでみた。 そして、すべて本物だったので胸を撫で下ろし、にんまりとほくそ笑んだ。










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