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表紙

道しるべ  154 密かな衝撃


 それから改めてジョニーの姿をじっくり眺めて、トムは真顔になった。
「すごい服装だな。 最高級のベルベットに、ブルージュのレースじゃないか」
 ジョニーは畑仕事で荒れたトムの手を取り、椅子に導いた。
「これまでのこと、少し長い話になるけど、聞いてくれる?」


 それからジョニーは改めて、身の上を語った。
 前半は、イアンもまだ知らされていない話だった。
「私には兄が二人、母親違いの兄が一人いたの。 父が病死し、家督を継いだ上の兄が戦いで死んだ後、二番目の兄のアントワンが私の縁談をまとめ、ユージェーヌ・ド・モンタルヴィ侯の元へ嫁ぐことになった」
 そこでジョニーの視線が揺れ、豪華な乗馬服の裾から僅かに覗く上等なブーツの爪先に落ちた。
「夫のユージェーヌとは合わなかったわ。 彼には愛人が二人いて、一人は人妻だった。 その人のご主人が、ユージェーヌを馬から突き落として死なせたの。 模擬戦とは思えない恐ろしい試合だった」
 妻を取られた男の復讐か。 そのユージェーヌとやらは、よほど傍若無人な男だったのだろうと、イアンは思った。 もう亡くなっている相手だが、強い憎しみを感じた。
「夫が死ぬ前に、兄のアントワンも病気で命を落としていて、未亡人になった私を気遣ってくれるのは母親違いの兄だけになった。 彼は護衛として私についてきていて、月のない晩にこっそり城から出て、二人で逃げたの」
「あの辻強盗だね」
「ええ」
 トムは深刻な表情になり、幾度もうなずいた。
「で、俺たちと別れた後は?」
 そこからはイアンも聞いた話だった。 ジョニーが話し終わると、トムは思わず組み合わせていた指をほどき、目をぱちぱちさせた。
「じゃ君は由緒あるフランス貴族なんだ。 ジョニーなんて気安く呼べない身分だったんだね」
「いいえ!」
 ジョニーはもどかしげに腕を伸ばし、体を前に倒してトムの手を握った。
「そんなこと二度と言わないで。 あなたが私の恩人で大切な友だということは、一生変わらないわ」
 熱の篭もったその言葉を聞いて、トムは嬉しそうに微笑んだ。
「で、叔父上のところに身を寄せて、これからどうする?」
 ぱっとジョニーの白い顔に紅が散った。
「あの……」
 彼女が言いにくそうにしているのを、イアンは辛い気持ちで眺めた。 トムとは友として仲良くしていただけだと、ジョニーは断言していたが、面と向かうと、やはり切り出せないんじゃないか……。
「ジョニーはおれと結婚することになった」
 待つ時間がたまらなくて、イアンが先に言った。 急いだため、無愛想な口調になってしまった。
 トムはまずイアンを見つめ、それからジョニーに視線を移した。
 一瞬、ほんの一瞬だけ、穏やかな彼の顔に、紛れもない悲嘆の色が浮かんだ。
 だが、表情が崩れる前に、トムは素早く立ち直った。 そして、暖かく叫んだ。
「そりゃ凄い! おめでとう!」







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