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道しるべ  153 感激の再会


 一通り家の中を見せて回ったところで、二人は侍女のユージェニーを従えたまま、イアンが新しくガラスを入れさせて窓を大きくした広間に行き、上等なワインを飲んでくつろいだ。
 イアンはジョニーが自慢でならなかった。 持ち前のおっとりした動作は、男の子なら活発さが足りないが、若いレディとしては申し分ない優美さになっていた。
 その上、声も上品だし、使用人には英語で話しかけるという思いやりもある。 初対面で彼らが新しい女主人に好意を抱いたことは、はっきり動作に表れていた。
 そのことを、イアンはジョニーに言いたかった。 だが、面と向かって座っていると、言葉に出せない。 同じ部屋に、つんとしたユージェニーが控えているから、なおさらだった。
 生まれつきの貴族は、召使の気持ちなど構わず、平気で夫婦喧嘩したりベタベタしたり、はては裸になって、まるで誰もいないように振舞えるというが、イアンにはそんな大胆かつ無神経な真似はできなかった。


 代わりに二人は、当り障りのないことを話題にした。 ジョニーは、イアンが見たことのないパリの風景を語り、イアンはヨークシャーの特産物や夏の楽しみを教えた。
 そうこうしているうちに、やがて表戸の開く音が聞こえ、低く深い声が響いてきた。
「イアンが呼んでるんだって? どの部屋だ?」
 その声を聞くやいなや、ジョニーは跳ねるように立ち上がった。 勢いでテーブルが揺れ、ワイングラスが小さな音を立てて倒れた。
「トム! トムだわ!」
「奥方様」
 ユージェニーがたしなめるように言ったが、ジョニーはまるで聞いていなかった。 スカートをたくしあげて、彼女がドアのほうへ走りかけたとき、ちょうどトムが開いたままの入り口から姿を見せた。
 もう少しで二人は正面衝突するところだった。 トムは急いで一歩下がり、礼儀正しく頭を下げて詫びた。
「失礼しました、ミレディ」
 そのとたん、ジョニーは飛び上がって彼に抱きついた。
「トム! ああ、トム!」


 最初、トムは何が何だかわからず、あっけに取られて両腕をだらんと下ろしたままだった。
 だが、涙ぐんだ声の主に気づくと共に、はっと息を呑み、それから爆発するような唸り声を上げた。
「ジョニー!」
 そして大変なことになった。 トムは感きわまってジョニーを持ち上げ、枕のように軽々と振り回した。
「ジョニーじゃないか! 信じられない! 夢みたいだ!」
 イアンもゆっくり立ち上がった。 彼の顔がかすかに強ばっているのを、ユージェニーはちらりと眺めた。
「トム、そこは狭い。 彼女を柱にぶつけるなよ」
「おう、そうだ」
 それでも急ぐわけではなく、トムは名残り惜しそうに、ジョニーの小柄な体を戸口の内側にゆっくりと下ろした。







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