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道しるべ  152 貴婦人の格


 イアンがこの屋敷へ引っ越してきて、既に二ヶ月近くが経とうとしていた。 使用人も増え、執事と料理長を務めるガレス夫妻と、下働きから料理人に昇格したジェニーの他に、門番のハウエル、下働きのベッキー、下男のオラフが新しく入った。
 そして新しい騎士見習として、ヘンリー・バスコムとミッチェル・タナーがイアンの元に預けられていた。
 イアンとトムも入れて、総勢十人だ。 これまで使用人など雇ったことのなかったイアンなので、男たちはうまくまとめられるにしても、女性使用人となるとガレス夫妻の助言を聞いてもなかなか判断がつかず、微妙に苦労していた。
 生まれながらにして大勢の召使に取り囲まれていたジョニーなら、きっとうまくやれるだろう。 ジョニーの洗練された挨拶を見て、イアンはその点でも、ほっとした気持ちになった。
 後に従うユージェニーは、あまり大きくない屋敷を端から端まで見て、つまらなそうな表情をしていたが、そんなバカにしたような様子も、大して気にならなかった。


 玄関から入ると、すぐにジョニーは壁に下がっている大きなウールのタペストリーを見て、心から感心した。
「まあ、大したものだわ。 イギリスの羊毛は有名だけれど、織る技術も高いのね」
 薔薇と恋人たちを主題にした立派なタペストリーについて、ガレスの妻エッシーが誇らしげに説明した。
「亡くなった王妃様がフランドルから新しい技術を取り入れて、広めてくださったんですよ。 良き王妃様の魂に平安がありますように」
「ではこの地方の職人が織ったのね? それなら、あちらの壁にも一枚掛けると、対になって玄関間がいっそう引き立つでしょう。 あなたはどうお思いになる、イアン?」
「家の中のことは君に任せるよ。 タペストリーを掛けると暖かいし、部屋も立派に見えるし、いい考えだと思う」
 望んでいた通り、ジョニーはエッシーの郷土愛を満足させて心を掴み、夫の意見を訊いて彼の顔を立ててくれた。 これならきっといい奥方になってくれるにちがいない。 イアンの表情が、自分でも知らぬうちになごんだ。
「ありがとう」
 ジョニーは目を輝かせ、エッシーのほうを向いた。
「お許しが出たから、その職人に頼んでもらえるかしら? こちらの模様と合うタペストリーを、同じ大きさで作ってほしいと」
「かしこまりました。 明日にでも連れてきて、計ってもらいます」
 エッシーはいそいそと承知した。


 まだ飾りの少ない屋内を、イアンは一通り見せて回った。 武具部屋で刀や鎖帷子〔くさりかたびら〕の手入れをしていた見習二人も顔見世させた。
 上品な乗馬服をまとったレディを見て、少年たちは緊張し、一生懸命お辞儀した。 ジョニーはカチカチになった二人にも優しく接した。
「ハリーとミッチね。 親元を離れて心細いでしょうけど、ここで鍛えればきっと立派な騎士になれるわ。 ユージェニー」
「はい」
 侍女がすまして進み出た。
「青い箱をちょうだい」
 ユージェニーがつやつやした小箱をジョニーに渡すと、彼女は蓋を開けて、花の形をした上等な砂糖菓子を取り出し、一掴みずつ少年に渡した。
「パリで買った新しいお菓子よ。 甘くて疲れがよく取れるわ。 これで元気を出して」
「ありがとうございます!」
 まだ故郷が恋しい年頃の少年たちは、目を丸くして上ずった声を立てた。







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