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道しるべ  150 荘園を見に


 こうして、大賛成とはいかないまでも承諾を得て、イアンとジョニーは内輪で婚約した。
 次は王の許可を得なければならないが、それは後見人としての叔父の役割だった。 そして基本的に、未亡人の再婚は後見人が文句を言わなければ決まる。 王の意向は追って知らせるから、と侯爵は言ったが、もう心配することはなさそうだった。


 誰かに出くわして、また退屈しのぎの競技会に誘われないうちに、イアンは侯爵の部屋を退出した後すぐ、ジョニーに耳打ちした。
「厩舎に馬を三頭入れてある。 もらったばかりの領地だが、君に見せたい。 そこにトムがいるんだ。
 君は馬に乗れるんだろう?」
「ええ」
 貴族の娘なら、ふつう乗馬はできるはずだ。 まだ辻強盗の妹だと信じていたときに、ジョニーが馬車馬をうまく手なずけていたことを、イアンは思い出した。 彼女は馬の扱いに慣れているのだ。
「やっばり横鞍がいいだろうな」
「男乗りだってできるわ」
 そう言って、ジョニーがにこっと笑うと、また後ろから懸命についてきていた侍女が、小声でたしなめた。
「それはいけません、奥方様。 こんなに大勢名門の方々がおいでなのですよ。 きっと誰かに見られます」
 侍女にしては差し出がましい発言だが、ジョニーはたしなめず、ちょっと思案顔になった。
「やはり駄目かしら、ユージェニー」
「はい」
「予備の横鞍があるよ」
と、イアンが口を添えると、ユージェニーと呼ばれた侍女は顔を赤くして彼を見た。
「いえ、奥方様用の鞍を持ってきてあります。 お風邪を引かれたので、ここまでは馬車で来ましたが」
 つんとした言い方だった。 この娘には嫌われたのかもしれない、とイアンは思い、それ以上刺激しないように、ただ頷いておいた。
 騎士見習のときに、侍女の機嫌を損ねてチクチクと嫌がらせされる同僚の姿を、ときどき目にしていたからだ。


 婚約が正式に決まるまでは、まだお目付け役が要る。 しかたなく、イアンは三頭の馬全てに鞍を置き、自分のものになった荘園に、ジョニーと共にふくれっ面の侍女も連れて行った。
 馬を並べて向かう途中で、イアンはジョニーに念を押しておいた。
「豊かな土地だが、狭いよ。 君の領地とは比べ物にならないはずだ」
 ジョニーは背筋をしなやかに伸ばして、イアンの持ち馬では一番穏やかなシルヴァリーを難なく乗りこなしていた。 そして、イアンの言葉を聞くと、首を巡らせて微笑した。
「忘れた? 私たち、人の屋敷の二階で、一間に三人でごちゃごちゃと暮らしてたじゃない?」
 後ろで話を漏れ聞いたユージェニーが、強く息を吸い込んだ。 きっとあきれて声も出なくなったのだろう。 イアンは愉快になった。
「そうか、広さにはこだわらないか」
「ええ、あまり大きくないほうが手入れしやすいし、守るのも楽だわ」
「ものは考えようだな」
「奥方様がお持ちなのはすばらしい領地です。 山に川に海まであって、ただの領地というより一つの地方といってもいいほどで」
 後ろから重々しい声が割り込んできた。 ジョニーもさすがに真顔になり、振り向いて言った。
「ユージェニー、故郷の自慢話をしたいのはわかるけど、私はここを本拠にするつもりなのよ」
 前にいるのが女主人でなければ、ユージェニーはフンと鼻を鳴らしそうだった。
「失礼ですけど、こんなに寒くて天候の変わりやすい国とはまるで違いますもの」
「ここにはここの良さがある」
 怒らずに、イアンはのんびりと答えた。
「長い冬を耐えた後、春には一斉に花が咲き揃うんだ。 黄水仙が金色の絨毯のように谷を埋めるところを見るといい」
「やはり冬はひどく寒いんですね」
 自分の聞きたいところだけを聞いて、ユージェニーは渋面を作った。






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