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道しるべ  149 柔軟な判断


 イアンは更に窓へ顔を近づけ、目を凝らした。
 同時に、窓から白い布がひるがえった。 垂らした人間の心を反映するように、布は勢いよくはためいた後、持ち主の指からすべって、大きな羽根のように空中を舞い、ゆっくりと庭に着地した。


 イアンはすぐ物置部屋を出て、ハンカチを拾おうとした。 だがその前に、兵士が二人通りかかって、その一人が上等な布を見つけてすぐ拾い上げた。
 イアンと同い年ぐらいの若い兵士は、これで酒場のサリーの気を引けると喜んで仲間と話し合いながら、ベルトに挟んで持っていってしまった。
 イアンはしかたなく、二人の足音が遠ざかってから歩み出て、扉をきっちり閉じた。 それから、どうするか考えた。
 侯爵の許可は取れたらしい。 信じられないことだが。
 次に領主カー伯爵の元へ行くのだろう。 だがその前に、後見人である侯爵はイアン本人に会いたいに決まっている。
 イアンは中庭の外れにある小さな池に行き、静かな水面に上半身を映して、上着のボタンをすべて留め、髪を手ぐしで揃えた。
 きちんと見えるようにしてから、背筋を伸ばして、彼は東棟の階段を急いで上っていった。



 三階にたどり着いたとたんに、廊下を小走りでやってくるジョニーが目に入った。 その後ろから侍女らしい娘が必死に追いすがっているが、ジョニーは構わずどんどん速度を増した。
 イアンを見つけると、その頬に赤みが差して、笑顔が輝いた。 幸い、他に通る者がいなかったため、二人は近づくとすぐ両手を取り合った。
「許してくれたわ! 今でも亡命と同じような立場だから、正式な夫がいたほうが守ってもらえると言ってくれた」
「そうか、よかった」
 イアンも自然と笑みを浮かべていた。 両手を片手に持ち替えて、ジョニーはぐるりと半回転し、今来た道を先導していった。
「こっちよ。 叔父が連れてくるようにって。 外まで呼びに行くところだったの」


 イアンがジョニーと共に入った部屋は、上品で重厚な作りだった。 賓客のときに限って使う客室だ。
 ダランソン侯は長方形の書き物机の端に寄りかかり、窓の外の空を見上げていた。
 二人が現われると、彼は体を起こし、立ったまま鋭い眼差しで、一礼するイアンを観察した。
「君は大広間で、クラリーを信じられないような顔で見つめていた若者だな?」
「本当に信じられなかったのです」
 緊張を隠し切れない低い声で、イアンは答えた。
「フランスで別れて、二度と逢えないと思っていたものですから」
「そうらしいな。 君ともう一人の若者が、窮地に立ったクラリーを救ったと聞いた。 無事に返してくれて、わたしからも礼を言う」
 浅黒く、見るからに才気のありそうな侯爵は、深い茶色の目をイアンに据えたまま、話し続けた。
「ヨークシャーの連中はうまく戦ったらしいな。 死人や怪我人がほとんど出なかったせいで、フランスをあまり憎んでいないと聞いた」
「はい。 対仏感情はそう悪くありません」
「それなら、姪を預けても差し迫った危険はないだろう。 もちろん、ただの騎士では望ましい身分とはいえないにしても」
 イアンは反論しなかった。 ダランソン侯の言い分は当然のことだ。 事情が異なれば、領地を持った未亡人は、貴族のみならず、ひょっとすると王族の妻の座さえ狙える身の上だった。






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