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道しるべ
144 久しぶりに
来たばかりの館だが、レディ・クラリーは隠れて会うのに最適な場所を見つけていた。
来客用の馬車置き場は屋敷の向かって右手奥にあり、客たちが建物に入って馬が外されれば、後はほとんど人の出入りのない場所だ。
イアンはそれでも用心して、使用人の使う裏口から本館を出ると、馬屋の裏手を通って目的の場所へ向かった。
大きな屋根を持つ馬車置き場へ近づくにつれ、心臓の鼓動が跳ね上がってきた。
レディ・クラリー ……。 伯爵令嬢で侯爵の未亡人だって? あのジョニーが……?
広い建物の中は薄暗かった。 イアンが踏み込んでも、人影は見当たらない。 中頃まで進んで、低い声で呼んでみた。
「ミレディ(=貴婦人への呼びかけ)!」
すると、斜め前にある豪華な箱馬車の蔭から、ほっそりした姿が音もなく歩み出た。
四歩で彼女は足を止めた。
イアンも、呼びかけた位置で固まって動けなくなった。
周りの暗さに目が慣れると、彼女の顔がはっきり浮き出てきた。 まだ伸びきらないであろう髪を顎紐のついたヘッドドレスで隠したため、顔の輪郭が際立って、とても清楚に見える。
驚いたことに、彼女は美しかった。
「イアン」
第一声はかすれていた。 喉の塊を飲み込んで息を吸うと、次はしっかりした声で、彼女は話し始めた。
「黙って船から消えて、ごめんなさい。 それにルドンの金箱を勝手に持っていったことも」
「金箱なんていいんだ」
自然に、イアンの話し方も以前に戻っていた。
「君は分け前を受け取らなかったんだから」
「あれは私のものじゃないわ」
ジョニーはうつむいて答えた。
「ほとんど何もしてないでしょう?」
「でも……」
「聞いて!」
珍しくイアンの言葉を遮って、ジョニーは彼に歩み寄った。
「あなたが元気で故郷へ戻っていて嬉しいわ。 トムも無事に?」
「ああ、すべてうまくいったよ」
「よかった」
そこでジョニーの口元がかすかに震えた。 すぐ傍で見ると、肩も緊張で強ばっているのがわかった。
「相当な財産ができたでしょう?」
イアンが小さく頷くと、上等な手袋に包まれたジョニーの手が上がって、彼の手首を軽く掴んだ。
とたんに、イアンは目まいを感じた。 馬車置き場の天井が緩く回り出した。
もうろうとした意識の中で、触れられている肌の部分だけが焼けるように熱い。 思わず目を閉じたとき、ジョニーの柔らかい声が、やや早口に語りかけた。
「だけど今のままでは使えないのね? なりたての騎士が大金を持っているはずがないもの。
でも、もし……、もしあなたに財産家の妻ができたら……?」
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