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道しるべ  138 婚礼の準備


 イアンとトムが新居に引っ越してから半月、ゴードンの病状は薄紙を剥ぐようによくなり、ゆっくりと部屋の中を歩きまわれるまでに回復した。
 そこで結婚の日取りが正式に決まった。 伯爵領の後継ぎの婚姻となると、ゴードンの考えたほど簡単にはいかず、準備万端整えるため五月の初めに執り行われることになり、正式な招待状が馬に乗った使いの手で各地に届けられた。
 すると、驚く知らせが舞い込んできた。 国王のエドワード三世が華燭の典を祝って、自ら出席すると使者をよこしたのだ。
 カー一族は大貴族だし、富裕でもあるので、国王が式に呼ばれるのは不思議ではなかった。 しかし、遠いロンドンから北のヨークシャーまで足を運ぶのは大変なことで、ゴードンやサイモン・カーにとって名誉な話だった。 城は俄然色めき立ち、式典の準備にも力が入った。


 四月の終わりになると、早くもワイツヴィル館に招待客が集まり始めた。 彼らをもてなすため、狩や格闘技会が開かれ、町から出張してきた生地屋や仕立て屋、それに宝石商が、持参の装いに不満を持った婦人たちのご機嫌を伺った。
 楽師たちも忙しかった。 二階の大広間では、毎日のように踊りの会が催され、新しいロマンスが幾つも花開いていた。
 その中で、イアンはいつの間にか若者たちの集いの中心になっていた。 自分で望んだわけではなく、新米騎士として控えめにしているのに、男も女も彼に相談を持ちかける。 ゲームの組分けや判定は、必ずといっていいほどイアンに任された。 そうすると不平不満がほとんど出ないからだ。
 この役目は気を遣うので、イアンは疲れて、護衛に駆り出されているトムに行き合ったとき、小声でグチを言った。
「やっと逢えたな! 席の暖まる暇がないんだ。 せっかくの新しい家にもなかなか戻れないし。
 館の者がもてなし役をすべきだとは、よくわかってるよ。 それにしても、食事時間がないほど引っ張りまわされる。 デイヴィーだって愛想がいいし、ローアンは夢見るような美男子だと言われてるのに。 二人のところへもっと行くべきだ」
「おまえには人を見る目があるからだよ。 あの二人とは違って」
 トムは淡々と答えた。
「というより、人を信じない心というべきかな。 嫌いあっている人間を同じ組には入れないし、文句屋をすぐ見抜いて早めになだめる。 人の悪意がすぐわかるんだ」
 イアンの息が浅くなった。
 なぜトムに理解できる。 善意のかたまりのような、この優しい巨人に。
 イアンが驚いているのを見て、トムはなだめるように腕を軽く叩いた。
「こんな言われ方は嫌か? でも、おれはおまえを偉いと思う。 悪を知っていて染まらないんだから」
「年のわりにヒネてるってことだな」
 イアンは無理に笑い、トムの肩を叩き返した。




 モードが花嫁衣裳に金糸の刺繍を一面に使い、これでもかと宝石を散りばめ、ヴェールを銀糸で織っているという噂が流れてきた頃、国王一行がワイツヴィルに到着した。
 式の三日前のことだった。







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