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道しるべ
137 将来の布石
ガレスが自慢そうに曳いてきた馬は、洗いさめたような薄灰色の毛並みで、おまけに背中は船底のように曲がっていて、まったく見栄えがしなかった。
しかし、ガレスがまたがるとスッと首を伸ばし、見違えるようにはつらつと動き出した。 速めに移動するイアンたちの馬に引けを取らない。 それどころか、付近の地形をよく知っているらしく、飼い主に先んじて道の歩きやすいところを通り、自信たっぷりに進んでいった。
「この土地でお育ちになったんですから、入会地〔いりあいち〕や村の場所はよくご存知ですね?」
イアンがうなずくと、ガレスはそちらへの案内は省略して、ランズの森から離れたほうの土地境へ向かった。
そこは一昔前、うっそうとした森林地帯だった。 それが、牛や馬に引かせる大型の鋤〔すき〕の発明で一挙に開拓され、きれいに畝のそろった三圃制の畑が長く連なり、森は点在する林へと姿を変えていた。
広々した田園地帯の向こうに、帯のように連なる雑木の筋を指差して、ガレスが説明した。
「あの狭い森と、あそこに流れるリム川が境界線です。 隣はサー・ボクスヒルの土地ですが、ご存知ですか?」
「ああ」
よく知っている。 そこに住むニコラス・ボクスヒルは、二歳ほどしかイアンより年上ではない。 サー・フランク・ボクスヒルの長男で、父によく仕込まれ、勇敢な上に礼儀正しい若者だ。
イアンはずっと彼が好きで、親子の仲がいいニコラスがうらやましかった。
彼が思い出に呑まれている間、トムは憧れと下見が混じった鋭い目で、きっちりと耕された畑を観察していた。
二人の若者はそれぞれに、酔ったようになって屋敷に戻っていった。 望みが叶うというのは素晴らしいものだ。 実物を目の前に見て、二人とも嬉しさをつくづく実感した。
屋敷の玄関には、頭巾をかぶった中年婦人と背の高い娘が並んで、イアン達にお辞儀をした。
「女房のエッシーと下働きのキャスです」
ガレスが紹介した後、四角い顔をしたエッシー夫人は、イアンだけでなくトムにも笑顔を向けて、感じのいい声で言った。
「前の旦那様のときは料理番をさせていただいてました」
「わたしのためにも働いてくれるかな?」
そう言ってイアンがにっこりすると、のっぽのキャスが口をあけて見とれた。 少女は一目で、彼の魅力にぼっとなってしまったようだった。
エッシーの顔も、違う理由で輝いた。
「まあ、ありがとうございます! 決してご期待にそむくようなことはいたしません」
白パンにハム、野菜スープといった食事が、急遽用意された。 どれも味がよく、イアンはエッシーをその場で料理長に決めた。
ただし、自家製のエールは少し味が薄かった。 いい職人を見つけてこようと思いながら、イアンはひとまず屋敷を後にした。
「建物はしっかりしている。 家具も初めのうちは、前の住人のを使おう。 今週中に引っ越してくるつもりだが、なあトム、おまえのほうの除隊許可は取れるか?」
「ああ。 ルイス隊長に訊いてみたら、すぐにでも辞めさせてやると太鼓判を押してくれた。 おまえが引き取ってくれたら、おれの分の食費が浮くと言ってた。 ただし、また戦いになったらすぐ弓兵として呼び出すという確約つきなんだが」
並んで馬を進めるトムは、陽気に答えながらも視線を周囲の景色から離さなかった。
「いいところだなあ。 留守番の夫婦も実直そうでよかったし」
「そうだな。 おまえも明らかに歓迎されていた」
「おばさんと子供は、たいていおれの友達だよ」
イアンは吹き出した。
「まったくだ。 熊みたいに図体がでかいのに、誰もおまえを怖がってくれないな」
「こっちが好きなのが相手に伝わるからさ」
トムは真顔で答えた。
「子供が大好きだ。 自分で育てられたらと思うぐらいなんだ」
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