表紙目次文頭前頁次頁
表紙

道しるべ  136 新しい住処


 二人の若者はいそいそと、預けてある馬のいる厩舎へ向かった。 身分上、乗馬用は二頭ともイアンのものということになっているので、トムが乗るのはこれが初めてだった。
 これまで人目につかないところで何度か乗る練習をしたため、トムの乗馬は板についていた。 二人は館の門を出てしばらくはおとなしく歩かせていたが、丘に沿ったゆるやかな盆地に来ると、少し急ぐことにして、馬を軽く走らせはじめた。
 風を切って、景色が飛んでゆく。 トムは顔を紅潮させて、馬の動きを見ながら慎重に手綱を動かしていた。
 途中で一時、少量の雨が降った。 ただし、すぐ止んで、通り雨が去った後には日が出てきた。
 小鳥の声が響く中を、二人はセント・テニアン地域に入っていった。 前の持ち主サー・デネガンはイアンが十二歳のとき、後継ぎを残さずに高齢で死に、その後は新しく封土されぬまま領主の直轄地となって、差配が定期的に見回っていたはずだ。
 イアンの足は、すぐ旧デネガン屋敷に向かった。 生前のサー・デネガンはガラガラした大声の酒飲みで、子供嫌いだった。 だから、イアンは門から先に入ったことがない。 中がどうなっているのか、大いに興味があった。


 外から見たデネガン屋敷は、昔同様、なかなか立派だった。 石を巡らせた高い塀には忍び返しがついているし、太い木材を組み合わせた母屋の門構えは堂々としていた。
 馬から降り、門を叩いて案内を乞うと、門番小屋から初老の男が出てきて、覗き窓に目を出した。
「どなたかな?」
 イアンは思わず笑顔になり、胸を張って答えた。
「サー・イアン・ベントリー。 ここの新しい主だ」
 男は喉の詰まった声を発して、錠前をガチャガチャいわせながら、急いで扉を開けた。
 イアンがトムを連れ、馬を引いて中に入ると、老人は改めて彼の顔をよく眺め、不思議そうに尋ねた。
「失礼ですが、どこかでお会いしたことは?」
 微笑したまま、イアンは穏やかに答えた。
「たぶんあると思う。 ランズの森の外れに住んでいたんだ。 まだ子供の頃に」
 男は息を引いた。
「ああ、ではウィニフレッド様の……」
 それから慌てて咳払いし、丁重に頭を下げた。
「ガレスと申します。 このお屋敷は相続人がおりませんので、新しいご主人様が好きなようにお使いくださいとのことです」
「ありがとう」
 それから、手入れの行き届いた庭と屋敷を眺め、年はいっていても頑丈そうなガレスの体型を観察して、イアンはすぐ決めた。
「これからも屋敷の面倒を見てほしいんだが、どうかな?」
 ガレスは口を開けた。 みるみる顔が喜びと安堵で輝いた。
「それは、願ってもないお申し出で。 謹んで仕えさせていただきます」
 ガレスと同じく、イアンもホッと胸を撫でおろした。 自然に声が明るくなった。
「では来週にでも引っ越してこよう。 その前にとりあえず村へ行って、よく働く下男を雇ってきてくれないか?」
 ガレスの眼が真ん丸くなった。 どうやら門番から召使頭に昇格できそうだと悟ったのだ。
「かしこまりました! では明日にでも」
「頼む。 今日は家の中を案内してほしい。 ただし、今から土地を見に行くから、戻ってきたら」
「外もご案内できます。 昔は軽装騎兵だったんで、馬に乗れます」
 ガレスは意気込んだ。
「所有地の境界線がわかるか?」
「はい」
「それなら、馬に乗って一緒に来てもらおう」







表紙 目次 前頁 次頁
背景:Kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送