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道しるべ  135  自分の土地


 イアンが乗り気でないと見ると、ゴードンはワイロまで申し出てきた。
「新しい鎧をやろう。 今回の戦いに二組持っていったのだが、あまりにも早く終わったため一つはまったく使っていない。 背の高さはだいたい同じだから、直さなくても使えるだろう。 騎士になった祝いを兼ねて、どうだ?」
 イアンは目を見張った。 ゴードンの武具は金にあかして揃えた高級品で、騎士たちは皆うらやましがっていた。
「ありがたく頂きます」
 そう答えるしかなかった。 まさか断るわけにはいかない。 するとゴードンは、円い糸切り歯を見せてニコッと笑った。 笑顔になると、彼は愛嬌があった。


 頭を抱えたい気分で、イアンはゴードンの部屋を辞し、石段を大股に駆け下りた。
 今すぐ護衛に、というわけではない。 挙式まではたとえ親友のトムにも明かさないよう、厳重に口を封じられた。 要するに、結婚後、モードがこの城に住むようになってから、外出するときに限って一緒についていけばいいとのことだった。
 上流の人間の考えることはわからない。 イアンは中庭に回って宿舎に急ぎながら、溜息をついた。 モードはいつ逢っても、イアンにあけすけな親しみを見せる。 新婚ほやほやの妻を、そんな男に任せておいて大丈夫なのか。




 翌々日、イアンたち新しい騎士三人は、領主のサイモンに呼ばれて、正式に領地を下付された。
 一人ずつ呼び出されて申し渡された結果は、三人とも伯爵領の南の一角で、隣り合わせではないが近くにあり、大きさ・地味とも似通った土地を貰えた。
 顔を上気させて出てきたデイヴィーとローアンは、イアンとも語り合って、分け隔てのない裁定を知り、大喜びだった。
 イアンも仲間の歓喜に加わった。 彼の土地は、育った村と森の一部にかかっている。 いわば故郷に凱旋していくようなものなので、複雑な思いもいくらかあった。
 これは領主が、父としてのささやかな罪滅ぼしから考えたのか。 初めて父の配慮を感じた気がしたが、そう信じていいのだろうか。


 ともかく、住む場所が定まった。
 イアンが真っ先に思ったのは、これでトムの望みが一歩前進した、という嬉しさだった。 大広間から出たその足で、イアンはトムを捜しに行った。 歩兵隊はすでに給料を貰って解散し、男たちは村へ戻って、春の種蒔きや家畜の世話にいそしんでいたが、トムのように腕が立ち、しかも家族のない若者は、まだ城に残って訓練を続け、兵舎で寝起きしていた。
 空は灰色で、今にも雨が落ちてきそうだった。 しかし、裏庭の訓練場で弓の的を据えていたトムは、小走りでやってきたイアンを目にしたとたん、日の光のような笑顔を浮かべた。
 気が急〔せ〕くイアンは隊長の許可を取って、さっそく友達を連れ出した。
「セント・テニアンの辺りを貰ったよ。 あそこの土地ならよく知っている。 ローアン達もすぐ傍で、さっそく見に行くと言っていた。 おれ達もこれから行かないか?」
 トムも興奮ぎみで、両手を小刻みに握り合わせた。
「いよいよだな。 これでおれも、一人前の村の衆になれるんだ」








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