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道しるべ  134  死を願う者


 すぐにイアンの眼が鋭く変わった。
 頭の中が忙しく回転し、ひとつの結論に達した。
「許婚のレディ・モードは気づいていらっしゃいますね?」
 ゴードンは明らかに驚いた様子で、太い眉が吊りあがり気味になった。
「鋭いと人には聞いていたが、本当だな。 どうしてわかった?」
「いつも貴方のことを気にかけていらっしゃるからです。 日に何度もこちらへ来られるでしょう?」
「ああ、そうだ」
 ゴードンの額に皺が寄った。
「実は彼女なんだ、最初に疑ったのは。 胃の具合が悪くなったのはフランスに行っている最中だったが、こっちへ戻ってからは少しずつよくなっている。 それはモードがわたしの食事を見張って、怪しいものはすべて捨てるようにしてからだ」
「毒見係がいるのですか?」
 イアンが尋ねると、ゴードンは苦笑いを浮かべた。
「あると言っていいのかどうか。 モードは猫を連れてきて部屋に置き、毒見させていると触れまわった。
 だが実際は子供たちに駄賃をやって、地下牢にこっそりネズミを集めている。 そいつらに食わせて、試しているんだ。 何でも食うからな」
「なぜ本当に猫を使わないんでしょう?」
 しょうがないというように、ゴードンは大きく手を振った。
「飼いはじめたら情が移ったんだと。 それに、猫は食い物の好き嫌いが多いからだそうだ」


 初めて語り合う半兄弟の間に、そこはかとない親しみが通いはじめたのは、その話からだった。 ゴードンは見かけの荒っぽさに似ず、ひょうきんなところがあって、意外に気さくだった。
 もぞもぞと体を動かして座り心地をよくすると、ゴードンは続けた。
「モードはよくやってくれている。 だが、犯人がわからないから、もう安全というわけにはいかない」
「それで、わたしに犯人を探れと?」
「いや」
 その否定は、驚くほど早かった。 ゴードンは唇を噛んだ後、ゆっくりと確認するように話し出した。
「何もしなくていい。 そっちは別に探らせている。 わたしは来週には起きられるだろうから、できるだけ早くモードと挙式することにした。 後継ぎの婚姻として、国王の許可も頂いてある」
「おめでとうございます」
 イアンは誠実に言った。 本当に祝福しての言葉だった。
 ゴードンは頷き、いくらか早口になった。
「それでだが、式の後もわたしはしばらくは活発に動けないと思う。 だからモードの護衛を頼みたいのだ」


 比喩的に言って、イアンはその場に倒れそうになった。
 何という嫌な役回り!
「あの……」
 断れば只ではすまないとわかってはいても、逃れる努力はしないでいられなかった。
「わたしは無骨者でして」
「嘘を言うな」
 ゴードンは鼻であしらった。
「本当です。 華やかなレディたちの買い物や社交のお供には、まったくふさわしくありません。 話しかけられても、優雅なお世辞など言えませんし」
「話なんかしないでいいんだ」
 ゴードンは一歩も引かなかった。
「そのほうがよっぽどいい。 その顔が彼女の傍にいてくれるだけで、どんな虫も寄り付かないからな」









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