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表紙

道しるべ  132  呼び出され


 試合をするのは貴族たちだけではなかった。 弓の試合も行なわれ、予想通りトムが圧倒的な強さで優勝をものにした。
 イアンも負けてはいない。 フランス出撃の前はどこか超然としていて、必死になる姿は見せたことがなかったのだが、今回の槍試合では一転して容赦なかった。 技があるというだけでなく、大柄で手足が長いのを最大限に利用して巧妙に責め、次々と対戦相手を倒して勝ち上がっていった。
 彼が栄冠を手にしたとき、観客席の反応は二つに分かれた。 若者たちと女性たちのほとんどは素直に喜び、派手に歓声が沸いた。
 一方、大人の騎士たちは複雑だった。 イアンが城主の『認められていない長男』だということは、皆が知っている。 正式な息子たちのうち、ゴードンが出場していないのは体調を崩しているためだが、ちゃんと出ていたヴィクターは二回戦で、イアンと当たる前に早々と敗北していた。
 だから、内心では祝福したいものの、はっきりと態度に出せない者が多く、堂々と喜んだのはクリントと、人目を気にしないオーグルヴィー男爵ぐらいだった。


 せっかくの好天気も、あと一日は持たず、三日目の狩猟大会はどしゃぶりの大雨で順延となった。
 招待客たちをもてなすため、二階の大広間はダンス会場となり、隣の部屋は臨時の賭博場になった。 美貌のモードは騎士たちの引っ張りだこになって、一日に三回も着替えをして現われては、ちやほやされていた。
 それでも感心に、二、三時間置きに婚約者のゴードンの部屋に向かっては様子を見ていた。 ローアンからゴードンの好みを聞かされていたイアンは、モードのかいがいしい看病ぶりを見て、少し驚いた。 夫が男としての務めを果たせなくても、モードはかまわないのか。 そんなことより、このワイツヴィル館の女主人になる夢のほうが大切なのだろうか。


 昼間から酒を飲みほうけていた貴族たちは、晩餐が終わるとすでに足元がおぼつかないのが大半で、宴会の後の舞踏会では若い連中だけが騒いでいた。
 イアンは主役として礼を失しない程度、できるだけ短い時間だけ、レディたちの相手をして踊り、それからへべれけになったデイヴィーをバルコニーに連れ出した。 椅子に座っていられないほどぐでんぐでんで、今にも石の床に吐きそうだったからだ。
 彼が手すり越しに首を突き出している間に、小柄な女性が急ぎ足で出てきて、横にいたイアンに近づいた。 見ると、それはモードの小間使いのマーサだった。
「ちょっと来ていただけますか?」
 苦しげに体を波打たせているデイヴィーに聞こえないようにイアンの袖を持って引き寄せるようにして、マーサは声を潜めながらイアンに言った。
「ゴードン様が貴方にお会いしたいとおっしゃってます」
 イアンは驚いた。 人違いかと思ったぐらいだ。
「わたしに?」
 マーサはヴェールの下で睫毛をぱちぱちさせて、イアンを憧れの眼で見上げた。
「はい、サー・イアンを呼んできてくれと、確かにおっしゃいました」
 サー・イアンか──その呼び名にはまだ慣れないが、誇らしい気持ちがちょっぴりこみあげてきた。 騎士になったことで、ゴードンも少しは彼を認めようという気になったのかもしれないと。









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