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道しるべ
130 華やかな人
夕方になってようやく、二人は騎士見習用の離れを出て、長屋になっている一般兵士の宿舎に向かった。
その途中には、馬小屋や井戸、装蹄師や鍛冶屋の住まい、練兵場などがある。 ここでもイアンに挨拶を呼びかける人々が多く、トムにも同じくらい声がかかった。
ふと見ると、主塔からモードが侍女二人を従えて、急ぎ足で出てくるところだった。 淡い水色のドレスにケープを羽織り、波打つ金髪をゆらめかせて、相変わらず派手に美しい。 そして、イアンと目が合うと、辺りかまわず大きな笑顔になった。
「やっと帰ってきたのね。 元気そうでよかった!」
いつも通り圧迫感のあるお嬢様だ。 イアンは口元だけで微笑み、頭を下げた。
「貴方もお元気そうで。 レディ・モード」
「それがそうでもないのよ」
形のいい眉を寄せると同時に、うっとりイアンを見つめている侍女のマーサを目立たぬよう軽く叩いて後ろにやってから、モードはずいと彼に近づいた。
「ゴーディーが……あら、こう呼んだら怒るんだった、ゴードンがね、具合を悪くしてるの。 心配なのよ。 外国の水が合わなかったんでしょうね。
こっちへ戻ってきてから、だいぶ回復はしてるんだけど、まだ長く起きてると目まいがするんですって」
「それは大変ですね」
イアンはお義理で相槌を打った。 ゴードン・カーは腹違いの弟だが、別に愛情を感じたことはない。
すると、話を合わせてもらったのが嬉しいのか、モードはもっと近くに来て、服の裾が触れ合うほどになった。
「そうなの大変なのよ。 だからちょっと……」
「モード!」
塔の入り口から鋭い声が飛んだ。 そして、つかつかとゴードンの弟ヴィクターが姿を現した。
彼は顎をそらし、いかにもバカにした目つきでイアンを上から下まで眺め回してから言い捨てた。
「相変わらず粗末な身なりだな。 今朝は風呂に入ったのか?」
イアンは平静に答えた。
「戻ってきたばかりなので、まだ」
とたんにヴィクターは大げさに二歩下がって、顔をしかめた。
「だから汗くさいのか。 おまえら図体がでかいから、馬みたいに臭うぞ」
「あら、そんなことはないわよ」
傍でモードが平気で言い返した。 根に持つ性質のヴィクターにこうやって逆ねじをくわせることができるのは、館の中でモードぐらいだった。
「そりゃ服は粗末だけど、清潔にしてるわ。 きっとサイモン様とのお目通りの前に、井戸で手や首をちゃんと洗ったのよ」
「まるで見たようなことを」
ヴィクターが息巻くと、モードはいたずらっ子のような笑いを浮かべた。
「実は見てたの。 上の階の窓から二人が見えたのよ。 別にわざと覗いてたわけじゃないけど」
ヴィクターは言葉に詰まり、怒って赤くなった。
「モード! 自分の立場を考えてくれ。 あなたはわたしの兄の……」
「許婚〔いいなずけ〕よ。 そしてこの二人は、ゴードンの大切な部下。 こういう開けっぴろげなところで挨拶して、何か都合が悪いの?」
「なれなれしすぎる!」
叫ぶヴィクターに、モードは首を振ってみせた。
「ああ、ヴィック。 デイヴィーにお祝いを言ったときにも怒ってたわね。 私はみんなに公平なのよ。 あなたがゴードンの留守中に館の警護隊長に任じられたときだって、盛大にお祝いを言ってあげたでしょう?」
その言葉には、かすかに皮肉が混じっていただろうか。
無邪気に微笑むモードの顔からは、そんな気配は感じられなかったが。
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