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道しるべ  129 金貨を隠す


「それじゃ、僧侶になったのと大して変わらないじゃないか」
 この話を続けるのは苦痛なのに、イアンはまるで自分を痛めつけるように尋ねるのを止められなかった。
 虚ろさを感じさせる目つきのまま、トムはゆっくりと答えた。
「そんなに辛くないよ。 おれはもともと、僧院で一生を終わってもいいと思ってたんだし」
 イアンはいぶかしげに友を見た。
「逃げ出してきたのに?」
「あれは……」
 トムは不意に唸り、ベッドの空いている部分にドンと引っくり返った。
「気の迷いだ。 いや、悪魔の囁きかな?」
 イアンは鼻をならし、汁たっぷりの肉団子をトムに投げつけた。 相手はちゃんとその動作を見ていたらしく、上手にひょいと胸の上で受け止め、口に放り込んだ。


 食後、二人は部屋の端に行き、床に敷きつめた薄い石の板を二枚剥がして、下の地面を掘った。
 出た土を袋に入れながら、長方形にやや深く掘り込み、その穴に金櫃をそっくり嵌め込んだ。
 櫃の高さを調節したあと、蓋を開け閉めしてみて、トムは満足げに立ち上がった。
「元通りに石を置いておけば、誰にもわからない。 この櫃は頑丈にできてるから、上から踏んでも壊れないし」
「念のため、上に軽い衣装箱を置いておくよ」と、イアンが請合った。
 中にある塩の代金は、イアンの発案で茶色と灰色の小さい袋に細かく分けて入れられていた。 長くて退屈な船旅の間、トムが反物を切り分けて、せっせと作った沢山の袋だ。
 一つの袋に金貨五十枚で、灰色はトムの分け前、茶色はイアンの分。 トムの遠慮を聞き入れず、金額はきっちり二等分されていた。
 石を置く前に、イアンは中から袋を一つずつ取り出した。 小袋ひとつでも、けっこう重い。 灰色のほうをトムに渡して、イアンは茶色の袋を無造作に懐にねじ込んだ。
「これはお守りみたいなもんだ。 使わないが、なんとなく懐が暖かいって気がしてくる」
 トムも笑ってうなずき、袋を受け取った。
「一、二枚は両替できるよ。 ほら、女スパイが縫いこんでいた金貨、あれをおれも分けてもらってるから」
 そうだった。 イアンは胸に手を入れ、改めて金貨の袋を握ってみた。 この金も、マリーが生きていたら、彼女が仲間と手に入れていたかもしれないのだ。
「おれ達、マリーの幸運を根こそぎ奪ったって感じだな」
「いや、そうじゃない。 マリーがおまえに遺産として譲ったんだ」
 トムがまじめに反論した。
「仲間は彼女を裏切ったが、敵のおまえは約束を守ったからだ。
 それに、マリーがどこから塩の話を聞きつけたか知らないが、樽を持ち出すには女の力だけでは無理だ。 男を引き入れたら、結局また裏切られたかもしれない」
「そうだな、あの治安の悪い国ではな」
 半分納得したものの、やはり忘れることはできなかった。 領地を分け与えられたら、マリーのために碑を作ろう、と、イアンは思った。










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