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道しるべ  128 贈り物の山


 領主との会見では、個人的なことは何も語られずに終わった。 実の両親が正式に結婚したにもかかわらず、領主夫妻から息子のイアンに一言の説明もなく、またイアンも触れようとはしなかった。
 話が済み、イアンが一礼してその場を去ろうとしたとき、ウィニフレッドの手が動いた。 思わず引きとめようとしたように見えたが、すぐサイモンの腕が遮り、ウィニフレッドはうつむき加減になって動作を止めた。


 もやもやした気分のまま、イアンは館を出て、宿舎のある離れに向かった。 道中、先輩の騎士や同僚たちに何人も行き会い、歓迎と祝福の言葉に包まれた。 内心妬んでいる者もいただろうが、昇進するのがイアンだけでなく三人同時ということで、風当たりは強くないようだった。
 さっそくその晩に飲み会をすることになって、予約人数が十人以上にふくれあがった。 小さな居酒屋が貸し切り状態になりそうだ。 だが、トムは身分が低いので、彼らには誘われない。 どっちみちトムは酒を飲まないのだが、イアンは複雑な気持ちだった。


 幾度も引き止められて道草を食い、やっと自分の部屋に戻ると、トムが小さな机の上にこぼれ落ちそうなほど食べ物を並べて、ご機嫌だった。
「見ろよ。 厨房へ挨拶に行ったら大歓迎されて、こんなに食い物をくれたよ」
 それからベッドのほうを指して、目くばせした。
「あっちは四人の女性方からおまえへだ。 無事のご帰還おめでとうございます、だとさ。 なんで直に渡さずに、おれへ頼むかな〜」
 イアンは居心地の悪さを感じて、ベッドに積んである品物から目をそむけた。 トムはその戸惑いに気づかないようで、にこにこしながら説明を続けた。
「刺繍つきのジャーキンに革の手袋、ハンカチ、なぜか女物の下着まであったぞ。 なまめかしいな」
 閉口したイアンは、素早くベッドの上の贈り物を一まとめにして、飾りのない衣装櫃の中へしまい込んだ。 それを見て、トムは感心しない表情で首を振った。
「おい、贈り主の名前を訊けよ。 せっかくくれたのに」
「だいたいわかるんだ」
 イアンはあっさりと答えた。
「刺繍のジャーキンは手先が器用なペグだろう。 手袋は親が金持ちのルース。 ハンカチはたぶんジャニスだと思う。 そして下着は間違いなくポリーだ」
 トムはポカンとした。
「当たってるよ。 凄いな」
「みんな良い子たちだ」
 イアンは驚くトムを見返して、淡々と言った。
「おれを大事に思ってくれてる。 たとえ今のうちだけでも。 おれは大事にされるのが好きなんだ。 おまえだって、なついてくる子供はみんな覚えてるだろ?」
 トムは顔を上げ、目を糸のように細くして笑った。
「そう言や、そうだな」


 それから二人はゆっくりと、遅い昼食を楽しんだ。 その最中に、イアンは思い出した。
「あれ、塩の樽をサイモン様に渡すのを忘れた」
「それでいいんだよ」
 大きな肉団子を飲み下した後、トムが答えた。
「領主様は土産なんて期待してなかっただろうし。 とにかく目立つことはしないほうがいい」
「そうだな」
 イアンはまた腰を落ち着け、部屋の隅に置かれた三つの樽に目をやった。
「しばらくここへ置いておいて、おれが土地を貰ってから二人で持っていこう」
「土地か〜」
 その言葉に、トムの眼が輝いた。
「いい響きだな。 おれはずっと根無し草だったから、自分のものといえる土地が欲しくてたまらなかった。 どんなに小さくても、自分の土地と家が」
 胸がよじれるような思いをしながら、イアンはあえて付け加えた。
「それに、自分の家族だろう?」
 トムの表情はそれほど変わらなかった。 ただ、奥深い眼がいっそう濃くなって、明るい艶を失った。
「いや、それはない。 おれはたぶん、死ぬまで一人だ」









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