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道しるべ
127 幸せな母と
からかってるんじゃないだろうな。
イアンは二秒ほど、ローアンをしげしげと観察した。
それから一気に爆笑した。
彼が腹に手を置き、体を折って笑いつづけるので、ローアンは心配になって腕を掴んで揺さぶった。
「おい、やめろって。 もうじきサイモン様と奥方様が来られるんだぞ」
「あのゴーディーが!」
笑いすぎて腹の皮が痛くなった。
「あの『北海の熊』の二代目が、おとこ好き……」
「シーッ」
慌ててローアンが口を塞いだ。
「それは言うな。 絶対の禁句になってるんだ」
窓枠に寄りかかると、イアンは涙目を拭いた。
「言わないよ。 小姓の間だけで知られてるんだな」
「お身内も知ってるらしい。 たぶん」
ローアンは言葉を濁した。
イアンはようやく笑い止め、気づいた。
「となると、後継ぎは望めないわけか」
「まあ、そうなるな」
それじゃ、ゴーディーと婚約したモードはどうなるんだ。 初めて、イアンは彼女に多少の同情を感じた。
そのとき、正面の扉が開き、カー伯爵の登場が告げられた。 二人の若者は姿勢を正し、胸に腕を当てて一礼した。
サイモン・カーは、紺色の地に金糸で縫い取りした長衣の上に白テンの毛皮で縁取ったサーコートを重ねた堂々とした姿で現われた。
その腕には、深紅のなめらかなベルベットのドレスとエナン帽(円錐形で、てっぺんから薄布を垂らした帽子)を身にまとい、輝くように美しくなったウィニフレッドの手がそっと置かれていた。
広間に入るとすぐ、ウィニフレッドは一人息子に微笑みかけた。 だがイアンは無表情のままで、頭を垂れて挨拶しただけだった。
サイモンの合図でローアンが目立たないように退き、イアンは一人で残された。
息子の無愛想に気づかぬ様子で、サイモンは新妻と共に椅子に腰を降ろした。
「無事に戻れて何よりだった。 クリントの親戚に会いに行ったそうだな。 うまく逢えたか?」
それが、軍隊と共に引き上げずフランスに残った口実だった。 イアンは当り障りなく、冷静に答えた。
「はい、ご無事でした」
「よし。 ところで、おまえはなかなかの働きをしたと聞いている。 年齢からいっても、そろそろ騎士号を授けてもいいころだろう。
晴れの衣装は、こちらで調えさせた。 半月後に式典を行なう。 準備しておくように」
「ありがたき幸せに存じます」
かしこまって答えたものの、イアンの口調にはその内容にふさわしいような、いささかの感動も込められてはいなかった。
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