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道しるべ  124 上司の助言


 クリントが開けた口は、事情を手短に説明しながらイアンが差し出した金袋の中身を見て、しばらく塞〔ふさ〕がらなくなった。
 テーブルの上にうずたかく詰まれた、光る金貨の山。 それは現在クリントの持っている領地を三倍に増やせるほどの値打ちがあった。
 しばらく言葉を失っていた後、クリントは詰めていた息を大きく吐き出し、首を振った。
「これだけの金を、おまえたちは律儀に持ち帰ってきたのか。 見つけたのはおまえたちの力なんだから、知らん顔で全部持ち去って、他所で派手な暮らしをすることもできたはずだぞ」
「約束したじゃないですか。 それに、旅費を出して行かせてくれたのは、クリントさんですし」
 イアンは鈍い声で答えた。 次第に頭が痛くなってきて、話を続けるのが苦痛に感じられた。
「でも、他の人に分けるつもりはありません。 トムも僕もこの故郷に落ち着きたいだけで、贅沢する気はないですから、周りにばれることはないと思います」
 クリントは数度頷き、語られなかった話の続きを補足した。
「つまり、領主のサイモン様には知らせないということだな」
「はい、お願いします」
 イアンはきっぱり言った。 母と共に森の外れで、食うや食わずの生活を送っていたとき、領主で父親のサイモン・カーは豪邸で妻や正式な息子たちとたっぷり食べ、優雅な暮らしを楽しんでいたのだ。
 たとえ母が恨みを忘れてあの男の腕に戻ろうと、おれは決して忘れない。 許しもしない。
 孤独な心の中で、イアンはその誓いを新たにした。


 どう世間の目を逃れるか、三人は車座になって、しばらく話し合った。
 クリントはまず、イアンは少々金遣いが荒くなっても、何の疑いも抱かれないだろうと言った。
「おまえの通訳で船の手配や軍の引き上げがうまく行ったことは、ゴーディーでさえ認めていた。 それに、実戦でも冷静によく戦った。
 だから、帰国がわかったらただちに騎士号の授与式が行なわれる手はずになっている。 負け戦といっても、ここの軍は地方戦に勝ったわけだから、伯爵は普段通り、規模の大きい式典にしたいと望んでおられる。
 一人前の騎士になれば、領地が貰えるし、部下もつく。 戦に参加した者には国王から賃金が出るから、おまえが少しぐらい家や馬に金を使っても、怪しまれることはない」
 それからクリントは、静かに座っているトムに目をやった。
「おまえにも夢があるだろう? 何をしたいんだ?」
 横に置いた金箱を見ずに、トムは淡々と言った。
「自作農になりたいんです。 初めは小さな土地でも、食っていければ」
「つつましい望みで、叶うあては充分あるな」
 クリントは安心した風だった。
「弓兵の給与が一日五ペンス出る。 伯爵は裕福だから、王の肩代わりをして早めに払ってくれるだろう。 だからその金で種を買って、まずはイアンの土地を借りた形にして農業経営を学び、数年後にいい土地を見つけて独立すればいい。 目立たないようにすれば、誰にもわからん」








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