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道しるべ  123 温かい迎え


 クリントの屋敷は、昔そこに住んでいた『大鷲』という仇名の盗賊の砦を改築したものだった。 木の柵だった城壁を石で作り直し、藁葺き屋根の離れを立派な厩舎〔きゅうしゃ〕に建て替えてはいるものの、本邸はがっちりした造りなので、少し手を加えただけでそのまま住んでいた。
 ただし、屋敷の中に入ると、荒々しい外見とは異なって、温かくくつろいだ部屋に迎えられる。 クリントの妻アンナの人柄そのままだ。 三人の男子を育てたアンナは手先が器用で、侍女たちと一緒にタペストリーを織ったり、夫や子供に細々としたものを編んだりして、家庭的な雰囲気を作り出していた。


 クリントの従者をしていた期間、イアンはアンナの養子のような扱いを受けていた。 だから、彼とトムが地味ながら暖かい装いで元気そうに前庭に入ってくると、窓から覗いて喜んで手を叩き、真っ先に出てきてイアンと抱き合った。
「お帰りなさい! まあ、筋肉がついて一段と逞〔たくま〕しくなったわね」
 そして、笑顔で頭を下げたトムにも手を添え、大きな若者二人を押すようにして玄関を入った。
「クリントは奥の部屋で、差配のスターンズと話しているわ。 すぐ終わると思うから、広間で待っていて。 温めたトディを持っていくからね」


 大広間は清潔に保たれ、二つの暖炉に明るく火が燃えて、配下の騎士見習や用事を済ませた侍女たちが集まって憩っていた。 それに加えて、神父と武器商人の姿もあった。 たいていはイアンたちの顔見知りで、二人が入っていくと、一斉に歓迎の声が上がった。
 トムは金箱を布で分厚く巻き、脇に抱えて持ち込んでいた。 あまりにも軽々と運んでいるため、周囲は衣装箱か何かだと思って気に留める者は一人もいなかった。
 それとは別に、イアンも重い金袋を胴に巻いていた。 こちらはクリントへの分け前だった。
 間もなく熱い酒がふるまわれて、一同は更に陽気になった。 トムは好奇心一杯の女性群に取り囲まれて暖炉の傍に連れていかれ、土産話をせがまれた。 一方、イアンは友人たちに誘われて、ささやかな賭け事に加わった。
 騒ぎながら半時間は経っただろうか。 広間の突き当たりにある石段からクリントが姿を見せ、笑顔でイアンたちを手招きした。
「よく戻ったな。 上でゆっくり話を聞かせてくれ」


 二人を連れて自分の部屋に入るなり、クリントは笑いを消して、当惑したような眼差しでイアンを一瞥〔いちべつ〕した。
「探し物はなかったんだな? 構わないぞ、そんなにしょげなくとも。 世の中には様々な夢物語がひしめいている。 ちょっとした情報に賭けてみただけで、元が取れなくてもそれはそれだ」
 イアンは驚いて、上司を見つめ返した。 それほどおれは落ち込んで見えるのだろうか。
 思わずトムと目を見交わしてから、イアンは小さく咳払いして喉の詰まりを晴らし、低い声で報告した。
「いえ、マリーという女の言い残したことは価値がありました。 そこは大商人の屋敷で、地下倉に沢山の塩の樽が隠してあったんです」
「ほんとか!」
 クリントは思わず口を開け、それから喜色満面になって拳と手のひらを打ち合わせた。 いったん諦めただけに、よけい嬉しさが込み上げたようだった。








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