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道しるべ  122 故郷に帰る


 トムとイアンは、まっすぐヨークシャーを目指した。 富豪といっていい懐具合になったのだから、ロンドンの盛り場やカンタベリーのような名所を見物して帰るのが普通かもしれない。 だが二人は血気盛んな若者とは思えないほど用心深く、その上、疲れていた。
 ハンバー川の河口で艀(はしけ)に乗り換え、ゆっくりと川をさかのぼっていくと、雪がちらちらと舞ってきた。 故郷を出発したのが十二月の初め。 今は既に年が変わり、二月も終わりかけていた。


 ヨークの町に着くと、二人は初めての大きな買い物をした。 大柄な二人を乗せても平気な、しっかりした足元の乗馬用の馬を一頭ずつ。 それに加えて、頑丈な荷馬車を一台と曳き馬二頭。
 馬車には金箱と、自分たちとクリント用、それに領主への献上用に残しておいた塩の樽を一つずつと、衣類や身の回り品を積んで、トムが御した。 イアンは馬に乗り、馬車と並んでのんびり進んだ。
 その日も雪がちらついていたが、積もるほどではなく、地面は冷たく乾いていた。 時折吹く強風が、やはりヨークで手に入れたラシャのマントを揺らし、温かい裏つきのシャツまで忍び入った。 まもなく三月だが、北国では春はまだ遠いようだ。
 二人はどこよりもまず、クリントの屋敷に行くことにしていた。 トムは孤児だし、イアンも今では似たようなものだ。 急いで帰って喜ばせる家族はいなかった。
 領主の腹心であるクリントは、条件のいい領地を与えられていた。 なだらかな丘の前に広がっていて、冷たい風が当たらず、小川が流れているので水にも不自由しない、肥沃な耕土のある土地だ。 その小川にほど近い高台に集落があって、ほとんどの住民は小作として畑を耕していた。
 クリントの屋敷は、集落の中を通るうねうねした道の突き当たりにあった。 二人が馬車と馬で通りかかると、寒さの中でもシャツ一枚で馬の蹄鉄を作っていた鍛冶屋のハルが、すぐイアンに気づいて呼びかけた。
「よう、やっと帰ってきたな。 敵地で野垂れ死にしたんじゃないかって、娘どもが心配してたぞ」
 とても笑う気分ではなかったが、イアンは無理をして明るく応じた。
「なんとか生きてるよ。 この村の者は、みんな無事に戻ってきたんだろうな?」
 ハルは嬉しそうに大きくうなずいた。
「ほんとにうまくやったよ! 負け戦だったにしちゃな。 戦利品を手に入れた奴らで、ミックの酒場がごった返してたよ」
 それから彼は、目を細めて笑った。
「あんたもそこのトムも、お手柄だったらしいな。 クリント様が帰ってくるなり領主様に報告なさって、奥方様も大喜びだったと聞いた」
 奥方様? と呟いたイアンの眼が鋭くなった。
「伯爵が再婚を?」
「そうだとも」
 鍛冶屋はあんぐりと口を開けた。
「なんだ、知らなかったのか? あんたの母上のウィニフレッド様とだよ?」
 三人の話し声に、耳ざとい子供たちが何人か現われて、止まった馬車の傍に群がりはじめた。 彼らは背の高い馬に乗ったイアンよりも、子供好きなトムにてんでに話しかけて、異国の様子や、なぜこんなに帰国が遅れたのか、訊こうとした。
 騒ぎが大きくなると、子供たちの親まで道に出てきた。 収拾がつかなくなる前に、イアンは馬上で背を伸ばして、村人たちに呼びかけた。
「悪いがこれからクリントさんに会いに行かなくちゃいけないんだ。 また今度、ゆっくり話そう」








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